國學院大學(Kokugakuin University)神道・神社史料集成(Shinto Jinja Database)21世紀COEプログラム(21st Century Center of Excellence (COE) Program)
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大神宮三座(伊勢国度会郡)

月次新嘗等祭・相殿坐神二座(『延喜式神名帳』)

比定社
皇大神宮(三重県伊勢市宇治館町) 周辺地域→

『日本書紀』神武天皇即位前紀戊午年4月甲辰(9日)条

皇師勒而其路狭嶮。人不乃還更胆駒時長髄彦聞之曰。夫天神子等-者。必将則尽之於孔舎衛与之会戦。五瀬命肱皇師不天皇憂之。乃神策於冲曰。今我是日神子孫。而向也。不退還示-祭神-日神則曽不刃。虜必自敗矣。僉曰。然。於曰。且停。乃引還。虜亦草香焉。雄誥。此烏多鷄因改訛也。初孔舎衛之戦。有於大而得難。曰。恩如母。時人因母木飫悶廼訛也。

『日本書紀』神武天皇即位前紀戊午年6月丁巳(23日)条

名草名草戸畔戸畔。此熊野神天磐仍引漸進。海中卒皇舟漂蕩。時稲飯命乃歎曰。嗟乎。吾祖則天神。母則海神。如何我於我於乎。言訖乃抜海。-為鋤持三毛入野命亦恨之曰。我母及姨並是神。何為以灌溺乎。則乎常世矣。天皇独皇子手研耳而進熊野荒坂亦名丹敷浦。丹敷戸畔時神人物咸瘁。由皇軍不時彼処有人。熊野高倉忽夜夢。天照太神武甕雷曰。夫葦原中国猶聞喧擾之響焉。聞喧擾之響焉。此左捓霓利奈宜汝更往而征之。武甕雷神対曰。予平則国将自平矣。天照太神曰。諾。諾。此宇毎那時武甕雷神登高倉曰。予剣号韴霊。此赴屠能瀰哆今当汝庫取而之天高倉下而寤之。明旦夢中視之。果於庫底即取以進之。于時。天皇適寐。忽然而寤之曰。予何-眠若乎。尋而中士卒悉復醒起。既而皇師欲而山中嶮絶。復可乃捿遑不時夜夢。天照大神于天曰。朕今頭八咫郷導頭八咫翔降。天皇曰。此烏之来自大哉赫矣。我皇祖天照大神-成基乎。是時。大伴氏之遠祖日臣命大来-将元啓行。乃烏所仰視而追之。遂于菟田下其所至之菟田穿穿邑。此于介知能務日臣曰。汝忠而且勇。加能導之是以

『日本書紀』神武天皇4年2月甲申(23日)条

詔曰。我皇祖之霊也自降鑑-助朕今諸虜已平。海内無事。-者也。乃霊畤於鳥見山其地号上小野榛原。下小野榛皇祖天焉。

『日本書紀』崇神天皇6年条

百姓流離。或其勢以徳之。是以晨興夕惕。-罪神是。天照大神。倭大国魂二神。-祭於天皇大殿之其神共住不安。天照大豊鍬入姫於倭笠縫磯堅城神神籬。此比莽呂日本大国魂渟名城入姫祭。然渟名城入姫命髪落体痩而不祭。

『日本書紀』垂仁天皇25年3月丙申(10日)条

天照大神於豊耜入姫于倭姫爰倭姫命-菟田筱筱此更還之近江伊勢天照大神倭姫曰。是神風伊勢国。則常世之浪重浪帰国也。傍国可怜国也。欲大神其祠於伊勢斎宮于五十鈴川天照大神始自降之処也。一云。天皇倭姫-奉於天照太是以倭姫命天照太-坐於磯城厳橿之而祠之。然後丁巳年冬十月甲于伊勢国渡遇是時倭太神。穂積臣遠祖大水口宿而誨之曰。太初之時期曰。天照大神。悉皇御孫尊。専葦原中国之八十魂我親大地者。言已訖焉。然先皇御間城天皇。雖-祀神微細未其源以粗於枝故其天皇短也。是以。今汝御孫尊。先皇之不而慎祭。則汝尊寿命延長。復天下太平矣。時天皇中臣連祖探湯而卜之。誰人以令大倭大即渟名城稚姫命食焉。因以渟名城稚姫神地於穴磯於大市長岡然是渟名城稚姫命。既身体悉痩弱以不祭。是以大倭直祖長尾市宿矣。

『日本書紀』景行天皇20年2月甲申(4日)条

五百野皇天照大

『日本書紀』景行天皇40年10月戊午(7日)条

伊勢神于倭姫曰。今天皇之而東征将諸叛故辞之。於倭姫命草薙日本武曰。慎之莫也。

『日本書紀』景行天皇51年8月壬子(4日)条

蝦夷等。昼夜喧譁。出入無礼。時倭姫命曰。是蝦夷等不-就於-上於朝仍令-置御諸山神山-呼隣天皇聞之曰。其神山之蝦夷。是本其情邦畿之是今播磨。讃岐。伊予。安芸。阿波。凡五国佐伯部之祖也。

『日本書紀』神功皇后摂政前紀仲哀天皇9年3月壬申朔条

皇后武内宿中臣烏賊津使審神千繒高琴頭而請曰。先日者誰神也。願欲于七日七乃答曰。神風伊勢国之百伝度逢県之拆鈴五十鈴宮所居神。名撞賢木厳之御魂天疎向津媛命焉。亦問之。神乎。答曰。幡荻穂出吾也。尾田吾田節之淡神之有也。問亦有耶。答曰。於事代於事代玉籤入彦厳之事代主神有之也。問亦有耶。答曰。有無之不焉。於是。審神者曰。今不而更後有乎。則対曰。日向国橘小門之水所居而水葉稚之出居神。名表筒男。中筒男。底筒男神之有也。問亦有耶。答曰。有無之不焉。遂不矣。而祭。然後吉備臣祖鴨熊襲而自服焉。且荷持田村。荷持。此能登羽白熊鷲其為強健。亦身有翼。能飛以高翔。是以不-盗人

『日本書紀』神功皇后摂政元年2月条

之明年春二月。皇后群卿及百于穴門豊浦天皇之以向京。時麛坂王。忍熊王。天皇崩。亦皇后西征并皇子新而密謀之曰。今皇后有子。群臣皆従焉。必共議之吾等何以乎。乃天皇陵。山陵於赤仍編于淡路其島而造之。則毎犬上君祖倉見別。吉師祖五十狭茅宿于麛坂因以東国時麛坂王。忍熊王。共菟餓而祈狩之曰。祈狩。此于気比餓若有事。也。二王各赤猪忽出之麛坂而殺焉。軍士悉慄也。忍熊王倉見曰。是事大怪也。於敵。則引更返於住時皇后忍熊王起之。武内宿于紀伊水皇后之船直皇后之船於海以不進。務古水而卜之。於天照大神誨之曰。我之荒魂不御心広田山背根子之女葉山祭。亦稚日女尊誨之曰。吾欲活田長峡海上五十狭祭。亦事代主尊誨之曰。吾于御心長田葉山媛之弟長祭。亦表筒男。中筒男。底筒男。三神誨之曰。吾和魂宜大津渟中倉之長便因往来以鎮坐焉。則平得海。忍熊王復引退之。而軍之。皇后南紀伊太子於日遂欲忍熊小竹小竹。此也。昼暗如夜。時人曰。常夜行之也。皇后紀直祖豊曰。是怪何由矣。時一老曰。伝聞。如阿豆那比之也。問。何謂也。対曰。二社祝者共合葬歟。因以巷里曰。小竹祝天野小竹祝逢而死之。天野祝血泣曰。吾也生何死之無乎。則而自死。仍合葬焉。蓋是之乎。乃開視之実也。故更各異以埋之。則日暉炳爃。日夜有別。

『日本書紀』仁徳天皇40年2月条

雌鳥皇妃。隼別皇媒。時隼別皇子密親娶。而久之天皇不夫。而親雌鳥皇女之殿織縑女人等歌之曰。比佐箇多能。阿梅箇儺麼多。謎迺利餓。於瑠箇儺麼多。波揶歩佐和気能。瀰於須譬鵝泥。爰天皇隼別皇子密而恨之。然皇后之友于之而忍之勿罪。俄而隼別皇子皇女之以臥。乃語之曰。-捷鷦鷯焉。曰。隼捷也。乃皇子曰。是我所也。天皇更亦起恨。時隼別皇子之舎人等歌曰。破夜歩佐波。阿梅珥能朋利。等弭箇慨梨。伊菟岐餓宇倍能。娑弉岐等羅佐泥。天皇而勃然大怒之曰。朕忍之也。何釁矣私事将于社則欲隼別皇時皇子雌鳥皇伊勢神而馳。於天皇隼別皇子逃吉備品遅部雄鯽。播磨佐伯直阿俄能曰。追之所即殺。爰皇后奏言。雌鳥皇女寔然其殺之日。不身。乃因雄鯽-取皇女所之足玉手玉。雄鯽等追之於素珥僅得免。急走而越山。皇子歌曰。破始多弖能。佐餓始枳揶摩茂。和芸毛古等。赴駄利古喩例麼。揶須武志呂箇茂。爰雄鯽等知免。以急-及于伊勢蒋代而殺之。時雄鯽等皇女之得之。乃二王于廬杵河而復命。皇后令雄鯽曰。皇女之乎。対言。不也。

『日本書紀』雄略天皇元年3月条(457)

元妃葛城円大臣女白髪武広国押稚日本根子天皇。稚足姫皇更名栲幡娘姫皇女。是皇女伊勢大神吉備上道臣女稚一本云。吉備窪屋臣女。磐城皇星川稚宮皇春日和珥臣深目童女春日大娘皇更名高橋皇女。

『日本書紀』雄略天皇3年4月条(459)

阿閉臣国見。更名磯特牛。栲幡皇女湯人廬城部連武曰。武彦使湯人。此武彦之父枳莒喩此流身。-率武彦於廬城使鶿没魚。因其不意而打殺之。天皇聞使-問皇皇女対言。妾不也。俄而皇女-持神於五十鈴河行。経死。天皇皇女在。使闇夜東西求虹見如四五丈者。虹起移行未遠。皇女割而観之。腹中有水。水中有石。枳莒喩由還悔-殺国-匿石上神

『日本書紀』顕宗天皇3年4月庚申(5日)条(487)

日神人。阿閉臣事曰。磐余我祖高皇産事代便奏。田十四対馬下県直侍祠。

『日本書紀』継体天皇元年3月癸酉(14日)条(507)

而此癸酉者。拠-択良文。他皆効此。元妃尾張連草香女目子更名色部。其一勾大兄皇広国排武金日其二桧隈高田皇武小広国排盾次妃三尾角折君妹稚子大郎皇子。出雲皇次坂田大跨王女神前皇茨田皇馬来田皇次息長真手王女麻績娘荳角皇荳角。此娑佐伊勢大神次茨田連小望女。或曰妹。茨田大娘皇白坂活日姫皇小野稚郎皇更名長石姫。次三尾君堅楲女二男。二其一大娘子皇其二椀子皇是三国公之先也。其三耳皇其四赤姫皇次和珥臣河内女一男。二其一稚綾姫皇其二円娘皇其三厚皇次根王女菟皇是酒人公之先也。少中皇是坂田公之先也。

『日本書紀』欽明天皇2年3月条(541)

元妃皇后弟稚綾姫皇石上皇皇后日影皇皇后明是桧隈高田天皇女。而后妃之母妃姓皇女名後勘者知之。倉皇次蘇我大臣稲目宿祢女堅塩堅塩。此岐施七男。六其一大兄皇橘豊日其二磐隈皇更名夢皇女。初侍伊勢大後坐皇子茨解。其三臈嘴鳥皇其四豊御食炊屋姫其五椀子皇其六大宅皇其七石上部皇其八山背皇其九大伴皇其十桜井皇其十一肩野皇其十二橘本稚皇其十三舎人皇次堅塩媛同母弟小姉四男。一其一茨城皇其二葛城皇其三埿部穴穂部皇其四埿部穴穂部皇更名天香子皇子。一書云。更名住迹皇子。其五泊瀬部皇一書云。其一茨城皇其二埿部穴穂部皇其三埿部穴穂部皇更名住迹皇子。其四葛城皇其五泊瀬部皇一書云。其一茨城皇其二住迹皇其三埿部穴穂部皇其四埿部穴穂部皇更名天香子。其五泊瀬部皇帝王本紀多撰集之人。屡後人習読。以刊改。伝写既多。遂前後失次。兄弟参差。今則-覈古其真一往難者。且依撰而-詳其他皆効此。次春日日柧臣女春日山田皇女。橘麻呂皇

『日本書紀』敏達天皇7年3月壬申(5日)条(578)

菟道皇伊勢池辺皇事顕而解。

『日本書紀』用明天皇即位前紀9月壬申(19日)条(586)

詔曰。云々。酢香手姫皇伊勢神日神是皇女此天皇于炊屋姫天皇之日神退而薨。炊屋姫天皇或本云。卅七年間日神自退而薨。

『日本書紀』用明天皇元年正月壬子朔条(586)

穴穂部間人皇其一厩戸皇更名豊耳聡。聖徳。或豊聡耳。法大法主是皇子初豊御食炊屋姫天皇-摂万天皇豊御食炊屋姫天皇其二来目皇其三殖栗皇其四茨田皇蘇我大臣稲目宿祢女石寸嬪。田目皇更名豊浦皇子。葛城直磐村女広子一男。一麻呂子皇此当麻公之先也。女酢香手姫皇

『日本書紀』皇極天皇4年正月条(645)

宮寺之遥見有或一十許。或廿許。就而視之。物便不見。鳴嘯之-覩其旧本云。是歳京於難而板蓋宮為之兆也。時人曰。此是伊勢大神之使也。

『日本書紀』天武天皇元年6月丙戌(26日)条(672)

朝明郡迹太川天照太是時。益人益到之奏曰。所山部王。石川是大津皇子也。便参来矣。大分君恵尺。難波吉士三綱。駒田勝忍人。山辺君安摩呂。小墾田猪手。埿部(目へんに氐)枳。大分君稚臣。根連金身。漆部友背之輩従之。天皇大喜。将男依乗来奏曰。美濃師三千不破天皇雄依之高市皇子於不山背部小田。安斗連阿加東海稚桜部臣五百瀬。土師連馬東山是日。天皇宿于桑名郡即停以不進。

『日本書紀』天武天皇2年4月己巳(14日)条(673)

大来皇女于天照大神而令泊瀬斎是先潔身。稍近神之所也。

『日本書紀』天武天皇3年10月乙酉(9日)条(674)

大来皇女泊瀬斎伊勢神

『日本書紀』天武天皇4年2月丁亥(13日)条(675)

十市皇女。阿閉皇女。-赴於伊勢神

『日本書紀』朱鳥元年4月丙申(27日)条(686)

多紀皇女。山背姫王。石川夫人於伊勢神

『日本書紀』朱鳥元年5月庚子(9日)条(686)

多紀皇女等

『日本書紀』持統天皇即位前紀朱鳥元年11月壬子(16日)条(686)

伊勢神皇女大来。還

『日本書紀』持統天皇6年3月壬午(17日)条(692)

所過神郡及伊賀。伊勢。志摩国造等冠今年調供奉騎士。諸司荷丁。丁今年調-赦天但盗賊不

『日本書紀』持統天皇6年5月庚寅(26日)条(692)

使-幣于四伊勢。大倭。住吉。紀伊大神。以新

『日本書紀』持統天皇6年閏5月丁未(13日)条(692)

伊勢太神曰。伊勢国今年調然応其二神郡赤引糸参拾伍

『日本書紀』持統天皇6年12月甲申(24日)条(692)

大夫新羅調於五伊勢。住吉。紀伊。大倭。菟名足。

『続日本紀』文武天皇2年9月丁卯(10日)条(698)

当耆皇伊勢

『続日本紀』文武天皇2年12月乙卯(29日)条(698)

多気大神宮于度会

『続日本紀』文武天皇3年8月己丑(8日)条(699)

于南島献物于伊勢大神宮及諸

『続日本紀』大宝元年2月己未(16日)条(701)

泉内親伊勢

『続日本紀』大宝元年8月甲辰(4日)条(701)

太政官処分。近江国志我山寺封。庚子観世音寺筑紫尼寺封。大宝元-皆准物。又斎宮司准寮。属官焉。

『続日本紀』大宝2年正月乙酉(17日)条(702)

従三位大伴宿祢安麻式部正五位下美努王左京大正五位上布勢臣耳麻呂摂津大従五位下当麻真人橘斎宮従四位上大神朝臣高市麻呂長門正六位上息長真人子老。丹比間人宿祢足島並従五位

『続日本紀』大宝2年4月丁未(10日)条(702)

従七位下秦忌寸広庭杠谷樹八尋桙使伊勢大神

『類聚三代格』1(神封物并租地子事)・大宝2年7月8日詔(702)

詔。伊勢大神宮封物者。是神御之物。
大宝二年七月八日

『続日本紀』大宝2年7月癸酉(8日)条(702)

詔。伊勢太神宮封物者。是神御之物。

『続日本紀』大宝2年8月癸亥(28日)条(702)

伊勢太神宮服料神戸調

『続日本紀』大宝3年6月乙丑(5日)条(703)

従四位上大神朝臣高市麻左京大従五位下大伴宿祢男人大倭従五位上引田朝臣広目斎宮頭兼伊勢

『日本書紀』慶雲元年正月戊申(22日)条(704)

伊勢国多気度会二郡少領已上者。聴-任三等已上

『続日本紀』慶雲元年11月庚寅(8日)条(704)

従五位上忌部宿祢子幣帛。鳳凰鏡。窠子錦于伊勢大神

『続日本紀』慶雲2年11月庚辰(4日)条(705)

従五位下当麻真人楯斎宮

『続日本紀』慶雲2年12月乙丑(19日)条(705)

下二天下婦神部斎宮々人及老皆髻重制也。

『続日本紀』慶雲3年閏正月戊午(13日)条(706)

新羅調於伊勢太神宮及七道諸

『続日本紀』慶雲3年閏正月癸酉(28日)条(706)

泉内親王伊勢大神

『続日本紀』慶雲3年8月庚子(29日)条(706)

三品田形内親伊勢大神

『続日本紀』慶雲3年12月丙子(6日)条(706)

四品多紀内親伊勢大神

『続日本紀』和銅元年10月庚寅(2日)条(708)

宮内卿正四位下犬上幣帛于伊勢太神平城也。

『続日本紀』養老元年4月乙亥(6日)条(717)

久勢女伊勢太神従官賜各有差。是日発入。百官送京城而還。従五位下猪名真人法麻斎宮

『続日本紀』養老2年8月甲戌(13日)条(718)

斎宮寮公文。始用焉。

神祇令孟夏条

孟夏。神衣祭。大忌祭。三枝祭。風神祭。

神祇令季秋条

季秋。神衣祭。神嘗祭。

神祇令常祀条

凡常祀之外。者。皆五位以卜食者充。唯伊勢神宮。常祀亦同。

『続日本紀』養老5年9月乙卯(11日)条(721)

天皇内安殿使幣帛於伊勢太神皇太子女井上斎内親

『政事要略』24(年中行事9月)・11日奉幣伊勢大神宮

官曹事類云。右符案云。養老五年九月十一日。天皇内安殿少納言正五位上紀朝臣男中臣従五位上中臣朝臣東人。忌部大初位□忌部宿祢呰麻呂伊勢大神宮呰麻度会神宮幣無位中臣朝臣古麻訖。
(略)

『令集解』16(選叙令)同司主典条・不得用三等以上親

釈云。養老七年十一月十六日太政官処分。伊勢国渡相郡。竹郡。安房国安房郡。出雲国意宇郡。筑前国宗形郡。常陸国鹿島郡。下総国香取郡。紀伊国名草郡。合八神郡。聴-任三等以上也。

『続日本紀』神亀4年8月壬戌(23日)条(727)

斎宮寮官人一百廿一

『続日本紀』神亀4年9月壬申(3日)条(727)

井上内親伊勢大神焉。

『類聚三代格』5(定内外五位等級事)・神亀5年3月28日奏状(728)

太政官謹奏
内外五位不
右謹官位外名之興者。正五位上従五位下相当惣是四階。又選叙云。凡内外五位以上勅授者。云。五位以上不食封之疋屯之則知内外之目旧来殊号。禄料之色未礼数等級豈自今以後。随秩。姓高家門其五位以上子孫歴代相襲冠蓋相望。并明経秀才堪国家大儒後生袖者。即其功者。便当位当-延日但其別勅特授不
外五位
右考限選叙一神祇官卜食-充 伊勢神宮奉幣帛使中臣忌部不使者。駅馬四疋伝馬六疋。如元日者。内八位外七位並外五歩行僧尼忽者下過去。其毎限。下二家人奴-住市即聴。其之日不乗馬辞訣及-尽私自余依令。
位禄位田賻物
右内位禄料減之。如無者停給。三分之
位分資人
右外正五位五人。外従五位四人。女亦同。
右外正五位嫡子従八位上。庶子大初位上。外従五位嫡子従八位下。庶子大初位下。並嫡子大舎人并大学内舎其庶子二宮舎人及諸司史生帳内職分資人等之者准配決。不
父妻
右其父妻者外命婦之朝参之
以前奉 勅。-定内外五位貴賎差臣等商量。具件如前。謹以申聞。謹奏。奉 勅。
神亀五年三月廿八日

『類聚三代格』4(廃置諸司事)・神亀5年7月21日勅(728)

斎宮寮
頭一人。従五位官。助一人。正六位官。大允一人。少允一人。従七位官。
大属一人。少属一人。已上従八位官。
主神司
中臣一人。従七位官。忌部一人。宮主一人。已上従八位官。□部□人
舎人司
長官一人。従六位官。主典一人。大初位官。□~□
蔵部司
長官一人。従六位官。主典一人。大初位官。
膳部司
長官一人。従六位官。判官一人。正八位官。主典一人。大初位官。
酒部司
長一人。従七位官。酒部四人。
水部司
長一人。従七位官。水部四人。
殿部司
長一人。従七位官。
采部司。
長一人。従七位官。□部六人。
掃部司
長一人。従七位官。掃部六人。
薬部司
長一人。従八位官。
以前□~□勅依前件。
神亀五年七月廿一日

『続日本紀』天平元年4月癸亥(3日)条(729)

勅。内外文武百官及天下百姓。有-習異端-積幻術。壓魅呪咀害-傷百物。首斬。従流。如有-住山林詳道仏法。自作教化。伝習授業。封-印書。符合楽造毒。万方作怪。違-犯勅禁。罪亦如此。其妖訛書者。勅出以後五十日内首訖。若有限内不首後被糺告者。不首従。皆咸配流。其糺告人賞絹卅疋。便徴罪家。又勅。毎年割-取伊勢神調絁三百疋。賜神祇官中臣朝臣等

『正倉院文書』正集15・神亀6年志摩国輸庸帳(729)

志摩国司解 申神亀六年輸庸事
管郡弐。課丁壱仟陸拾弐。正丁九百卅二。次丁一百卅。
輸庸塩。壱伯肆拾玖斛伍斗伍升。
神戸参所。課丁壱伯肆拾壱。正丁一百廿五。次丁一十六。
輸庸塩。壱拾玖斛玖斗伍升。
伊勢大神宮課丁。壱伯参拾。正丁一百一十五。次丁一十五。
輸庸塩。壱拾捌斛参斗漆升伍合。陸拾壱篭漆升伍合。
粟島神戸課丁。伍。正丁。
輸庸塩。漆斗伍升。弐篭壱斗伍升。
伊雑神戸課丁。陸。正丁五。次丁一。
輸庸塩。捌斗弐升伍合。弐篭弐斗弐升伍合。
公納課丁。玖伯弐拾壱。正丁八百七。次丁一百一十四。

『続日本紀』天平2年閏6月甲午(11日)条(730)

制。伊勢大神者。卜食五位已上充使。六位已

『続日本紀』天平2年7月癸亥(11日)条(730)

詔曰。-給斎年料。自今以後皆-用神戸庸調等大神宮祢宜二人位二階。内人六人一年之長

『続日本紀』天平9年4月乙巳朔条(737)

使於伊勢神宮。大神社。筑紫住吉。八幡二社及香椎新羅無礼之

『続日本紀』天平10年5月辛卯(24日)条(738)

使右大臣正三位橘宿祢諸兄。神祇伯従四位下中臣朝臣名代。右少弁従五位下紀朝臣宇美。陰陽頭外従五位下高麦伊勢大神

『続日本紀』天平10年閏7月丁巳(21日)条(738)

外従五位下引田朝臣虫麻呂斎宮長

『続日本紀』天平12年9月乙未(11日)条(740)

治部卿従四位上三原王幣帛于伊勢大神

『続日本紀』天平12年11月丙戌(3日)条(740)

少納言従五位下大井王。并中臣忌部幣帛於大神車駕-御関十箇日。是日。大将軍東人等言。進士無位安倍朝臣黒麻呂今月廿三日丙-獲逆賊広嗣於肥前国松浦郡値嘉島長野詔報曰。今十月廿九日-得逆賊広其罪顕露不疑。処决。然後奏

『続日本紀』天平13年正月癸巳(11日)条(741)

使於伊勢大神宮及七道諸也。

『続日本紀』天平17年6月庚寅(4日)条(745)

左衛士督従四位下佐伯宿祢浄麻幣帛于伊勢太神

『続日本紀』天平18年8月壬寅(23日)条(746)

斎宮従五位下路真人野

『続日本紀』天平18年9月壬子(3日)条(746)

県女王発入。大臣已下送諸司亦送至京而還。

『続日本紀』天平勝宝元年4月戊戌(5日)条(749)

従五位下中臣朝臣益人従五位上。正六位上忌部宿祢鳥麻呂従五位下。伊勢大神宮祢宜従七位下神主首名外従五位民部卿正四位上紀朝臣麻路。神祇大副従五位上中臣朝臣益人。少副従五位下忌部宿祢鳥麻呂幣帛於伊勢大神

『続日本紀』天平勝宝元年閏5月甲辰(11日)条(749)

伊勢斎王為二親退出。

『続日本紀』天平勝宝3年4月丙辰(4日)条(751)

参議左中弁従四位上石川朝臣年足幣帛於伊勢太神又遣使幣帛於畿内七道諸遣唐使等平也。

『続日本紀』天平勝宝5年正月丁未(5日)条(753)

伊勢大神宮神主外従五位下神主首名外従五位内人。物忌男四十五人。女十六人。授各有差。

『続日本紀』天平勝宝5年2月甲午(22日)条(753)

斎宮大神司正七位下津島朝臣小松従五位

『続日本紀』天平勝宝7年11月丁巳(2日)条(755)

少納言従五位下厚見幣帛于伊勢大神

『続日本紀』天平勝宝8年4月乙巳(22日)条(756)

使幣帛于伊勢大神

『続日本紀』天平勝宝8年5月乙卯(2日)条(756)

左大弁正四位下大伴宿祢古麻呂。并中臣忌部幣帛於伊勢大神天下諸国今年田是日。太上天皇於寝殿遺詔。中務卿従四位上道祖皇太

『続日本紀』天平宝字元年6月乙未(19日)条(757)

始制。伊勢太神宮幣帛使。自以後。中臣朝他姓

『類聚三代格』6(位禄季禄時服馬料事)・天平勝宝9年8月8日奏状(757)

太政官謹奏
諸司長上禄法宜
内舎人 大神宮司 神祇宮主 造金銀銅長上
造玉長上 吹角師 鋳銭師 木工長上
右依令。
諸県舞師 堕羅舞師
雅楽諸師従八位
木画長上 造伎楽面長上 截押金薄長上
炙造丹胡粉長上 金画長上 造鋳形師
画師大初位
造墨長上 造紙長上 大蔵作革長上
典薬取乳長上 内膳造餅長上 諸司雑色長上
染師少初位
以前諸司長上労逸不同。春秋禄料亦而式部曹司行来旧例。不優劣渾淆理改。何以勧人。望請。自今以後。長上禄料。労重処多。効軽居少。官議商量。具 天謹以申聞。謹奏。
天平勝宝九年八月八日

『続日本紀』天平宝字2年8月庚子朔条(758)

皇太子受天皇位於大極殿詔曰。明神大八洲所知天皇詔旨良麻止宣勅親王諸王諸臣百官人等天下公民衆聞食宣。掛畏現神坐倭根子天皇我皇此天日嗣高御座之業拙劣朕被賜仕奉仰賜授賜閉波受賜受賜懼進不知退不知久止宣天皇勅衆聞食宣。然皇坐天下治賜君者賢人能臣弖之天下乎婆治物良之止奈母聞行。故是以大命坐宣。朕雖拙弱。親王始王臣等相穴奈比相扶奉事依弖之此之仰賜授賜食国天下之政者平仕奉倍之止奈母所念行。是以無謟欺之心以忠赤之誠食国天下之政者衆助仕奉宣天皇勅衆聞食宣。辞別。仕奉人等中仕奉状随一二人等冠位上賜治賜。百官職事已上及太神宮諸社祢宜祝大御物賜。僧綱始諸寺師位僧尼等物布施賜。又百官司人等諸国兵士鎮兵伝駅戸等今年田租免賜久止宣天皇勅衆聞食宣。

『続日本紀』天平宝字2年8月戊午(19日)条(758)

摂津大夫従三位池田斎王事于伊勢太神左大舎人頭従五位下河内王。散位従八位下中臣朝臣池守。大初位上忌部宿祢人成幣帛於同太神及天下諸国神社等。遣使幣。皇太子即故也。

『続日本紀』天平宝字3年10月壬寅(9日)条(759)

従五位下丈部大麻斎宮

『続日本紀』天平宝字3年10月戊申(15日)条(759)

去天平勝宝五年。左大弁従四位上紀朝臣飯麻伊勢大神宮已畢。而伊勢志摩両国相争。於是。尾垂刹於葦武部卿従三位巨勢朝臣関麻呂。神祇大副従五位下中臣朝臣毛人。少副従五位下忌部宿祢呰麻呂幣帛於

『続日本紀』天平宝字4年3月甲戌(13日)条(760)

詔曰。比来。皇太后御体不予。宜天神地諸祝部等各聖体安穏平是以。太神宮祢宜内人物諸社祝爵一普告令之。外従五位上神主首名外正五位下。外正六位上神主枚人外従五位

『続日本紀』天平宝字5年正月壬寅(16日)条(761)

従五位下粟田朝臣足斎宮長

『続日本紀』天平宝字5年8月辛巳(29日)条(761)

大祓。斎内親王也。

『続日本紀』天平宝字6年11月丁丑(3日)条(762)

御史大夫正三位文室真人浄三。左勇士佐従五位下藤原朝臣黒麻呂。神祇大副従五位下中臣朝臣毛人。少副従五位下忌部宿祢呰麻呂等四-幣於伊勢太神

『続日本紀』天平宝字7年7月乙卯(14日)条(763)

従五位下忌部宿祢呰麻呂斎宮

『続日本紀』天平宝字8年9月丁未(13日)条(764)

正親正従五位下荻田王。少主鈴中臣朝臣竹成。神部鴨田連島幣帛於伊勢太神

『続日本紀』天平神護2年7月丙子(23日)条(766)

使丈六仏像於伊勢大神宮

『続日本紀』神護景雲元年8月癸巳(16日)条(767)

-元神護景詔曰。日本国大八洲国照給治給倭根子天皇御命良麻止御命衆諸聞食宣。今年六月十六日申時東南之角甚奇雲七色相交立登在。此朕自見行又侍諸人等共見備都々在間伊勢国守従五位下阿倍朝臣東人等。六月十七日度会郡等由気五色瑞雲起覆在。依此彼形書写以進。復陰陽寮七月十五日西北角美異雲立在。同月廿三日東南角有雲本朱末黄稍具五色。如是奇異雲顕在所由令勘。式部省等。瑞書細勘是即景雲在。実合大瑞世利。然朕念行。如是奇異在大瑞聖皇之御世至徳天地示現賜物止奈毛聞行。是豈敢朕徳天地御心令感動末都流倍岐止奈毛念行。然此大御神宮上示顕給。故尚是大神示給幣流奈犁。又掛御世御世御霊助給慈給幣流奈犁。復去正月二七日之間諸大寺大法師等奏請良倍天最勝王経令講讃末都利又吉祥天悔過令仕奉流尓諸大法師等如理佐比又諸臣等天下政事合理奉仕天之三宝諸天天地多知毛示現賜弊流大瑞良之止奈毛念行。故是以奇之支大瑞受給黙在去止不得之天奈毛諸王多知多知乎天地御恩奉報倍之止奈毛念行天皇御命諸聞食宣。然夫天万物能覆養賜賜物須。大神宮祢宜大物忌内人等尓波叙二級。但御巫以下人等叙一級。又伊勢国神郡二郡司及諸国祝部有位無位等賜一級。又六位以下及左右京男女年六十以上賜一級。但正六位上重三選以上者。賜上正六位上。又孝子順孫義夫孝婦節婦力田者賜二級。表旌其門至于終身田租免給。又五位以上人等賜御手物。又天下諸国今年田租半免。又八十以上老人及鰥寡孤独不能自存者賜籾。又示顕賜弊流乃末尓末仁年号改賜。是以改天平神護三年。為神護景雲元年天皇御命諸聞食宣。又天下有罪。大辟罪已下。罪已発覚。未発覚。已結正。未結正。繋囚見徒。咸-但犯八虐。故殺人。私鋳銭。強窃二盗。常赦所者。不焉。陰陽員外助従五位下紀朝臣益麻呂正五位允正六位上山上朝臣船主従五位下。今検。景雲二年始而書之。員外允正六位上日下部連虫麻呂。大属百済公秋麻呂。天文博士国見連今虫。呪禁師末使主望足。並外従五位下。伊勢守従五位下阿倍朝臣東人従五位上。介正六位下日置造通形外従五位下。大神宮祢宜外従五位下神主首名外正五位下。等由気宮祢宜外正六位下神主忍人外従五位下。参河守従四位下伊勢朝臣老人従四位上。目正六位上紀朝臣門守従五位下。介外従五位下秦忌寸智麻呂。掾民忌寸総麻呂並外従五位上。左右大臣綿人七百五十二位四百五十屯。三位三百屯。四位百五十屯。五位六十屯。外位卌屯。女亦准此。

『続日本紀』神護景雲2年4月辛丑(28日)条(768)

伊勢大神宮祢義季其官位従七度会宮祢義正八

『続日本紀』神護景雲3年2月乙卯(16日)条(769)

神服於天下諸大炊頭従五位下掃守王。左中弁従四位下藤原朝臣雄田麻伊勢太神宮使男神服一具。女神服一具。其太神宮及月次社者。馬形并

『続日本紀』宝亀元年8月庚寅朔条(770)

参議従四位下外衛大将兼越前守藤原朝臣継縄。左京少進正六位上大中臣朝臣宿奈麻幣帛及赤毛馬二疋於伊勢太神若狭国目従七位下伊勢朝臣諸人。内舎人大初位下佐伯宿祢鹿毛馬於若狭彦神。八幡神宮。各一

『続日本紀』宝亀元年10月己丑朔条(770)

天皇位於大極殿-元宝詔曰。天皇詔旨勅命親王諸王諸臣百官人等天下公民衆聞食宣。掛奈良宮御宇倭根子天皇去八月此食国天下之業拙劣朕被賜而仕奉負賜授賜伎止勅天皇詔旨受被賜恐受被賜懼進不知退不知久止勅命衆聞食宣。然此天日嗣高御座之業者天坐神地坐祇相宇豆奈奉相扶奉事弖志此座者平安御坐天下者所知物良之止奈母所念行。又皇坐而天下治賜君者賢臣能人得而天下乎波平安治物良志止奈母聞看行。故是以大命坐勅。朕雖拙弱親王始而王臣等相穴奈比奉相扶奉依而此之負賜授賜食国天下之政者平安仕奉止奈母所念行。故是以衆浄明心正直言以而食国政奏天下公民恵治倍之止奈母所念行須止勅天皇命衆聞食宣。辞別詔。今年八月五日肥後国葦北郡人日奉部広主売献白亀。又同月十七日同国益城郡人山稲主献白亀。此則並合大瑞。故天地貺大瑞者受被賜歓受被賜可貴物在。是以改神護景雲四年為宝亀元年。又仕奉人等中仕奉状随一二人等冠位上賜治賜。又大赦天下。又天下六位已下有位人等給位一階。大神宮諸社之祢宜等給位一階。又僧綱始諸寺師位僧尼等御物布施賜。又高年人等養賜。又困乏人等恵賜。又孝義有人等其事免賜。又今年天下田租免賜久止宣天皇勅衆聞食宣。

『続日本紀』宝亀2年11月庚子(18日)条(771)

鍛冶正従五位下気太斎宮於伊勢

『続日本紀』宝亀3年8月甲寅(6日)条(772)

風雨。抜屋。之。伊勢月読神為祟。是。毎年九月。荒祭馬。又荒御玉命。伊佐奈伎命。伊佐奈美命。於官度会郡神宮寺於飯高郡度瀬山

『続日本紀』宝亀3年11月己丑(13日)条(772)

酒人内親伊勢春日斎

『続日本紀』宝亀5年8月庚午(3日)条(774)

使-浄天下諸斎内親王也。

『続日本紀』宝亀5年8月壬午(15日)条(774)

従五位下広上斎宮長

『類聚三代格』1(神物事并租地事)・宝亀5年8月27日官符(774)

太政官符
神郡百姓逃亡口分田地
神祇官偁。御卜所祟。多気度会二箇神郡百姓逃亡口分田地子可而元来国司-合正以後擬者。内大臣偁。奉 施行。
宝亀五年八月廿七日

『続日本紀』宝亀5年9月己亥(3日)条(774)

斎内親王

『続日本紀』宝亀6年2月丙子(13日)条(775)

使於伊-修渡会郡堰且令-視多気渡会二郡宜耕種

『続日本紀』宝亀6年8月癸未(22日)条(775)

伊勢。尾張。美濃三国言。「九月」異常風-没百姓三百余人。馬牛千国分并諸寺塔十其官私廬舎不使-伊勢又分-検諸国被是日。疫神於五畿

『続日本紀』宝亀6年10月辛未(11日)条(775)

従五位下笠朝臣名麻斎宮

『続日本紀』宝亀6年10月乙酉(25日)条(775)

幣帛於伊勢太神

『続日本紀』宝亀8年10月辛卯(13日)条(777)

正四位上藤原朝臣家依正五位下高賀茂朝臣諸雄神祇大参議正四位上藤原朝臣是公兼左大春宮大夫左衛士督侍従如故。正四位下田中朝臣多太麻呂右大従五位上美和真人土生右少中納言従三位物部朝臣宅嗣兼中務従四位下鴨王左大舎人従五位下宗形王右大舎人従五位下藤原朝臣末茂図書従五位下百済王仙宗為助。従五位下賀茂朝臣大川内蔵参議従三位藤原朝臣百川兼式部右兵衛督如故。神祇伯従四位下大中臣朝臣子老兼大従五位下藤原朝臣真葛散位従五位下安倍朝臣謂奈麻呂治部少正五位上多治比真人長野民部大従五位下多朝臣犬養従五位上当麻真人永嗣大判従四位下神王大蔵従五位下安倍朝臣草麻呂斎宮長従四位下石川朝臣名足造東大寺長従五位下紀朝臣門守鋳銭次従五位下藤原朝臣長河中衛少従五位下大中臣朝臣諸魚衛門従五位下百済王仁貞員外従五位下紀朝臣弟麻呂左衛士員外外従五位下大荒木臣押国遠江参議右衛士督従四位下藤原朝臣小黒麻呂兼常陸正五位下粟田朝臣鷹守為介。従五位上紀朝臣家守美濃従五位下安倍朝臣笠成越中従五位下広川王因幡右大弁正四位下田中朝臣多太麻呂兼出雲従五位下藤原朝臣仲継播磨従五位上田中王伊予大納言近衛大将従二位藤原朝臣魚名兼大宰従四位上石上朝臣息嗣従五位下笠朝臣名麻呂

『続日本紀』宝亀9年3月癸酉(27日)条(778)

大祓。遣使-幣於伊勢大神宮及天下諸皇太子也。又畿内諸

『続日本紀』宝亀9年10月丁酉(25日)条(778)

皇太子是。皇太子寝疾久-宿也。

『続日本紀』宝亀11年2月丙申朔条(780)

神祇官言。伊勢大神宮寺。先為-建他而今其祟未止。飯野之外-造便者。許之。

『続日本紀』宝亀11年5月壬辰(29日)条(780)

伊勢太神宮封一千戸。大安寺封一百戸。随復之。

『続日本紀』天応元年正月辛酉朔条(781)

詔曰。以大。者聖人。以心。者仁后。朕然則恵沢壅而不流。憂懼交而弥積。日茲。比有司奏。伊勢斎宮所美雲。正神宮者国家所鎮。之。吉無利。抑是朕之不徳。茲。方知凡百之寮。相諧攸感。今者元正告暦。吉日初開。-赦天天応元年正月一日昧以前。大辟以下。罪未発覚。已発覚。未結正。已結正。繋囚見徒。咸皆赦除。但犯八虐。故殺。謀殺。私鋳銭。強窃二盗。常赦所者。不其斎宮寮主典已上。及大神宮司。并祢宜。大物忌。内人。多気度会二郡司。位二自余番上。及内外文武官主典已上一級。但正六位上者廻如無者。宜-其五位已上子孫。年廿已上者。亦当蔭之又如百姓呰麻呂詿而能棄復三其従陸奥出諸国百姓。久当戸今年田者。所司量貸。又去年恩免神寺封租者。天下老人。百歳已上籾三九十已上二斛。八十已上一斛。鰥寡孤独不者。-加賑孝子順孫。義夫節婦。-表門事。

『続日本紀』天応元年4月己亥(11日)条(781)

伊勢大神宮祢宜正六位上神主礒守外従五位使於伊勢大神皇太子即也。

『続日本紀』天応元年4月癸卯(15日)条(781)

天皇大極殿詔曰。明神大八洲所知天皇詔旨良麻止宣勅親王諸王百官人等天下公民衆聞食宣。挂畏現神坐倭根子天皇我皇此天日嗣高座之業掛畏近江大津御宇天皇初賜定賜部流法随被賜仕奉仰賜授賜閉婆受賜受賜懼進不知退不知久止宣天皇勅衆聞食宣。然皇坐天下治賜君者賢人能臣弖之天下乎婆治物良之止奈母聞行。故是以大命坐宣。朕雖拙劣親王始王臣等相穴奈比相扶奉事依弖之此之仰賜授賜食国天下之政者平仕奉倍之止奈母所念行。是以無謟欺之心以忠明之誠天皇朝廷立賜部流食国天下之政者衆助仕奉宣天皇勅衆聞食宣。辞別宣。朕一人乃未也之岐御命受賜。凡人子蒙福麻久欲為於夜多米尓止奈母聞行。故是以朕親母高野夫人称皇太夫人冠位上奉治奉。又仕奉人等中自何仕奉状随一二人等冠位上賜治賜。又大神宮諸社祢宜祝等給位一階。又僧綱諸寺智行人及年八十已上僧尼等物布施賜。又高年窮乏孝義人等治賜養賜。又天下今年田租免賜久止宣天皇勅衆聞食宣。

『続日本紀』天応元年12月丁未(23日)条(781)

太上天皇崩。春秋七十有三。天皇哀号。摧百寮中外。慟哭累日。詔曰。朕精誠無感。痛酷之情纏懐。終身之憂永結。方諒闇三年以而群公卿士咸倶執奏。宗廟不軽。万機是重。不一日而也。伏乞後奈保山朝者。朕以。霜露未変。荼毒尚深。一旦従天下著六月乃今月廿五始。諸国郡司三日。若遠道之処者符到施行。礼日三度。初日再拝両段。但神郡者不

『続日本紀』延暦元年7月庚戌(29日)条(782)

右大臣已下。参議已上。共奏偁。頃者災異荐臻。妖徴並見。仍-求其神祇官陰陽寮並言。国家恒祀依幣。而天下縞素。吉凶混雑。因茲。伊勢大神。及諸神社。悉皆為祟。吉。聖体不歟。而陛下因心至性。尚今乃医薬在御。-引旬神道難誣。抑有焉。伏乞。曽閔之小詔報曰。朕以。霜露未変。荼毒如昨。而群卿再三執奏。宗廟社喩。事不已。其諸国釈者。祓使-潔国然後乃釈。不楽。

『続日本紀』延暦元年8月己巳(19日)条(782)

詔曰。殷周以前。未于漢厥後。歴代因循。是以。継体之君。受禅之主。莫元。号。朕-承洪于王公之-臨寰今者宗社降霊。幽顕介福。年穀豊稔。徴祥仍臻。思此休天応二延暦元其天下有位。及伊勢大神宮祢宜大物忌内人。諸社祢宜祝。并内外文武官把者。爵一但正六位上者廻其外正六位上者不

『続日本紀』延暦4年4月丁亥(23日)条(785)

従五位上紀朝臣作良造斎宮長

『続日本紀』延暦4年7月甲寅(21日)条(785)

従五位下賀茂朝臣人麻呂斎宮

『続日本紀』延暦4年8月丙戌(24日)条(785)

天皇-幸平城是。朝原内親王-居平斎期既竟。将伊勢神故車駕親臨発入。

『続日本紀』延暦4年9月己亥(7日)条(785)

斎内親王伊勢太神百官陪従。大和国而還。

『続日本紀』延暦7年5月己酉(2日)条(788)

曰。使雨於伊勢神宮及七道名是夕大雨。其後雨多。遠近周匝。遂矣。

『続日本紀』延暦8年3月壬子(10日)条(789)

使幣帛於伊勢神也。

『続日本紀』延暦8年12月丙申(29日)条(789)

天皇殿西皇太子及群哀。百官及畿内。諸国三日。並所部百哀。但神郡者不

『続日本紀』延暦9年9月甲戌(11日)条(790)

伊勢太神宮相嘗幣常年天皇大極殿遥拝而奉。而使矣。

『続日本紀』延暦10年正月癸未(22日)条(791)

従五位上賀茂朝臣大伊賀斎宮頭従五位上賀茂朝臣人麻呂兼伊勢従五位下藤原朝臣縵麻呂相摸従五位下吉備朝臣与智麻呂為介。近衛将監従五位下池原公綱主兼常陸大従五位下藤原朝臣今川美濃正五位上百済王俊哲下野従五位下文室真人大原陸奥従五位下安倍朝臣人成能登従五位下藤原朝臣清主丹波従五位下布勢朝臣田上因幡従五位下藤原朝臣岡継伯耆従五位下岡田王備中従五位下大中臣朝臣弟成豊前従五位上藤原朝臣園人豊後

『続日本紀』延暦10年8月辛卯(3日)条(791)

夜有盗。伊勢太神宮正殿一宇。財殿二宇。御門三間。瑞籬一

『続日本紀』延暦10年8月壬寅(14日)条(791)

参議左大弁正四位上兼春宮大夫中衛中将大和守紀朝臣古佐美。参議神祇伯従四位下兼式部大輔左兵衛督近江守大中臣朝臣諸魚。神祇少副外従五位下忌部宿祢人上於伊勢太神神宮焉。又遣使修造之。

『続日本紀』延暦10年10月甲寅(27日)条(791)

是。皇太子枕席不安。是日。伊勢太神宿也。

『続日本紀』延暦10年11月丁卯(11日)条(791)

皇太子伊勢太神至。

『類聚国史』3(神祇3伊勢太神)・延暦11年3月戌寅(24日)条(792)

伊勢国天照太神也。

『類聚三代格』1(斎王事)・延暦11年7月3日官符(792)

太政官符
一斎内親王禊用度事
右内親王行之日。依神部供給。及-止仍斎宮寮毎之。其供給料稲二百卌束。-備正-送寮但夫并馬。承前神郡行之。
一斎宮寮年料乾芻事
右芻依輸。神郡百姓所三千斤。而百姓等申云。調庸雑徭之外。件乾艱辛殊深者。芻。刈。其糧食料-用正
以前右大臣偁。奉 勅。者。寮依施行。自以後永
延暦十一年七月三日

『日本紀略』延暦11年閏11月乙酉(4日)条(792)

多治比子姉卒。参議大中臣諸魚母也。先是。諸魚云。中臣朝臣神祇者。是天照大神神主也。累世相承。遭者。勅。雖

『日本紀略』延暦12年3月戌子(10日)条(793)

参議壱志濃王-幣於伊勢大神遷都之

『日本紀略』延暦13年正月辛卯(17日)条(794)

参議大中臣諸-幣於伊勢太神也。

『類聚国史』3(神祇3伊勢太神)・延暦13年3月辛卯(18日)条(794)

大監物従五位上石淵王。参議従四位上守兵部卿兼近衛大将行神祇伯近江守大中臣朝臣諸魚-幣於伊勢太神

『類聚国史』32(帝王12天皇遊宴)・延暦13年12月辛丑(2日)条(794)

斎宮寮献物。曲宴。助正六位上三島真人年継。斎内親王乳母無位朝原忌寸大刀自従五位

『類聚国史』3(神祇3伊勢大神)・延暦14年8月甲午(30日)条(795)

-祓宮中及左右京。畿内。近江。伊賀。伊勢等伊勢大神宮装束也。

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・延暦15年2月乙亥(13日)条(796)

斎内親王欲京。頓宮於大和

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・延暦15年2月丁丑(15日)条(796)

使-幣於伊勢太神斎内親王退也。

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・延暦15年3月丙申(5日)条(796)

従五位上守左少弁兼左兵衛佐橘朝臣入居斎内親

『日本後紀』延暦15年11月辛丑(14日)条(796)

伊勢神宮。賀茂上下二社。松尾社。亦施七大寺及野皇太子親王已下職事正六位已上。僧都律師各有差。

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・延暦16年4月癸酉(18日)条(797)

布勢内親伊勢太神宮

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・延暦16年8月甲戌(21日)条(797)

斎内親王于葛野即移

『類聚国史』19(神祇19神宮司)・延暦17年正月乙巳(24日)条(798)

勅。掃神。福。今聞。神宮司等。一任終身。侮黷不敬。祟咎屡臻。天下諸国神宮司。神主。神長等。氏中清慎補之。六年相神祇官神封伊勢太神宮司季

『日本後紀』延暦18年4月庚寅(16日)条(799)

従五位下中臣丸朝臣豊国斎宮正六位上大伴宿祢峰麻呂遣新羅使正六位上林忌寸真継

『日本後紀』延暦18年5月辛未(28日)条(799)

神祇大祐正六位上大中臣朝臣弟-伊勢大神宮殿

『日本後紀』延暦18年7月己酉(7日)条(799)

伊勢斎宮新嘗歌舞九月

『日本後紀』延暦18年7月庚午(28日)条(799)

使畿内七道諸斎内親王也。

『日本後紀』延暦18年8月丙申(25日)条(799)

幣帛於伊勢大神斎内親王也。

『日本後紀』延暦18年9月甲辰(3日)条(799)

斎内親王侍従従四位下中臣王。参議正四位下藤原朝臣乙叡送焉。

『日本後紀』延暦18年9月条(799)

京畿百姓北辰斎内親王伊勢也。

『類聚三代格』1(神宮司神主祢宜事)・延暦19年11月3日官符(800)

太政官符
斎宮主神司
右。右大臣偁。奉 勅。件司令外特置。未管。-校功決。以後神祇官管
延暦十九年十一月三日

『類聚三代格』1(科祓事)・延暦20年5月14日官符(801)

太政官符
一大祓料物廿八種。承前悪祓料物准重輸今下条亦同。
馬一疋。大刀二口。弓二張。
矢二具。已上三種並不刀子六枚。
木綿六斤。麻六斤。庸布六段。
鍬六口。鹿皮六張。猪皮六張。
酒六斗。米六斗。稲六束。
鰒六斤。堅魚六斤。雑腊六斤。
塩六升。海藻六斤。滑海藻六斤。
食薦六枚。薦六枚。坏六口。
盤六口。柏十五把。枚手六十枚料。匏四柄。
楉四枝。長各一丈。席一枚。
-怠大嘗祭及同斎月内弔-署刑殺文決罰。食穢悪之者。雑物具官人有犯。
一上祓料物廿六種。
大刀一口。弓一張。矢一具。
刀子二枚。木綿三斤。麻三斤。
庸布三段。鍬三口。鹿皮三張。
酒三斗。米三斗。稲三束。
鰒三斤。堅魚三斤。雑腊三斤。
塩三升。海藻三斤。滑海藻三斤。
食薦三枚。薦三枚。坏四口。
盤四口。柏十把。枚手卌枚料。匏二柄。
楉三枝。長各一丈。席一枚。
-怠新嘗祭。鎮魂祭。神嘗祭。祈年祭。月次祭。神衣祭等伊勢大神宮祢宜内御膳并新嘗等諸祭斎日。等六色禁者。宜輸物如右。
一中祓料物廿二種。
刀子一枚。木綿一斤。麻一斤。
庸布一段。鍬一口。鹿皮一張。
酒一斗。米一斗。稲一束。
鰒一斤。堅魚一斤。雑腊一斤。
塩一升。海藻一斤。滑海藻一斤。
食薦二枚。薦二枚。坏四口。
盤四口。匏一柄。柏五把。枚手廿枚料。
楉二枝。長各一丈。
-怠大忌祭。風神祭。鎮花祭。三枝祭。鎮火祭。相嘗祭。道饗祭。平野祭。園韓神春日等祭物忌戸座御火物忌穢悪御膳并忌火等祭斎日祝祢宜及神戸等六色禁者。宜輸物如右。
一下祓料物廿二種。
刀子一枚。木綿六両。麻六両。
庸布一段。鍬一口。鹿皮一張。
酒四升。米四升。稲四把。
鰒六両。堅魚六両。雑腊六両。
塩四合。海藻六両。滑海藻六両。
食薦一枚。薦一枚。坏二口。
盤二口。匏一柄。柏五把。枚手廿枚料。
楉二枝。長各一丈。
-怠諸祭祀及斎日祝祢宜并預神戸諸禁者。宜輸物如右。
以前右大臣偁。承前事有罪。善悪二祓-科一条例已繁。輸物亦多。事仍今改張立件。其殴傷若重者。祓浄之外依罪。斎外闘打者依科決。不又祝祢宜等与闘打及他犯者先即決罰。神戸百姓者行斎之外決法。奏聞。奉 勅。請。
延暦廿年五月十四日

『類聚国史』4(神祇4伊勢神郡)・延暦20年10月戊申(19日)条(801)

伊勢国言。多気度会二郡司等。常伏望。於郡堺外。将之。

『類聚三代格』1(神郡雑務事)・延暦20年10月19日官符(801)

太政官符
-罰神郡
伊勢国偁。調庸租税依勘徴。而多気度会二郡司。独望請。神界之外将者。右大臣宣。奉 勅。請。
延暦廿年十月十九日

『日本紀略』延暦22年正月丁巳(5日)条(803)

伊勢斎宮寮史生四

『日本後紀』延暦23年5月丙申(23日)条(804)

斎宮寮

『日本後紀』大同元年正月癸巳(28日)条(806)

従四位下藤原朝臣仲成大和従五位上百済王鏡仁河内従五位下紀朝臣南麻呂為介。兵部大輔正五位上藤原朝臣継業兼山城従四位下和朝臣入鹿麻呂伊勢斎宮頭従五位下中臣丸朝臣豊国従五位下藤原朝臣真川尾張従五位下菅原朝臣清公為介。従五位下路真人年継参河従五位下大枝朝臣菅麻呂遠江従五位下大宅真人継成駿河中納言従三位藤原朝臣内麻呂兼武蔵近衛大将如故。従五位下桑田真人甘南備為介。従五位上安曇宿祢広吉安房宮内大輔従五位上藤原朝臣道雄兼上総従五位下石川朝臣道成為介。右衛士佐従五位下田中朝臣八月麻呂兼権外従五位下千葉国造大私部直善人参議従三位紀朝臣勝長兼下総左兵衛督如故。従五位下藤原朝臣城主為介。従四位下葛野王常陸主馬頭如故。左兵衛権佐従五位下安倍朝臣益成兼権大内記従五位下平群朝臣真常兼近江権左衛士佐従五位下百済王教俊兼美濃従五位上坂本朝臣佐太気麻呂信濃侍従従四位下大庭王兼上野正四位下三島真人名継越前従五位下和朝臣氏継越後従五位下紀朝臣百継為介。近衛将監如故。左少弁従五位下藤原朝臣貞嗣兼丹後外従五位下山田造大庭為介。参議右衛士督従四位下藤原朝臣緒嗣兼但馬従五位下佐伯宿祢清岑為介。内厩頭従五位下坂上大宿祢石津麻呂兼因幡従五位下作良王伯耆従五位下大中臣朝臣全成出雲従五位下安倍朝臣宅麻呂為介。従五位下秋篠朝臣全継石見従五位下藤原朝臣友人播磨中内記外従五位下出雲連広貞兼美作権従五位下藤原朝臣諸主備中外従五位下掃守宿祢弟足安芸従五位下紀朝臣国雄讃岐参議正四位下菅野朝臣真道兼大宰大従五位下大野朝臣犬養肥前従五位下多治比真人氏守為介。従五位上高倉朝臣殿継肥後従五位下小野朝臣木村豊前

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同元年3月癸巳(29日)条(806)

大和。伊賀両国斎内親王也。

『日本後紀』大同元年4月戊申(15日)条(806)

右兵庫頭従五位下佐伯王。左衛士佐従五位下百済王教俊斎内親王於伊勢

『日本後紀』大同元年4月己酉(16日)条(806)

使-幣於伊勢大神斎内親王也。

『日本後紀』大同元年8月庚午(10日)条(806)

中臣忌部両氏各中臣氏云。忌部者。本然則不忌部幣帛使忌部氏云。奉幣祈祷。是忌部之職也。然則忌部幣帛使中臣使彼此相論。各有拠。是日勅命。日本書天照大神天磐之時。中臣連遠祖天児屋命。忌部遠祖太玉命。天香山之五百箇真坂而上枝八坂瓊之五百箇御中枝八咫下枝青和幣白和相与者。然則祈祷中臣忌部並又神祇令云。其祈年月次祭者。中臣忌部践祚之日。中臣天神寿忌部神璽鏡六月十二月晦日大祓者。中臣御祓東西文部訖。中臣常祀之外。者。皆五位以上卜食之。常祀之外。奉幣之使。-用両自余之事。専

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同元年11月壬寅(13日)条(806)

大原内親伊勢斎内親

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同元年11月己酉(20日)条(806)

近衛権中将従四位下藤原朝臣真夏等於伊勢太神斎内親也。

『新抄格勅符抄』10(神事諸家封戸)・大同元年牒(806)

神封部
合四千八百七十六戸
率河神 六戸。左京四戸。丹後国二戸。
伊勢大神 一千百卅戸。大和百一戸。伊賀廿戸。伊勢九百卌四戸。志摩六十五戸。尾張卌戸。参河廿戸。遠江卌戸。
桜島神 廿四戸。大和十四戸。因幡十戸。天平神護元年奉充。
恩智神 卅七戸。河内九戸。丹後七戸。播磨十戸。美作十一戸。同二年奉充。
気比神 二百卌四戸。越前国。天平三年十二月十日符従三位料二百戸。神護元年九月七日符廿二戸。十戸。廿二戸。
剣御子神 卅戸。越前。宝亀三年奉廿戸。天平神護元―九月七符十戸。
椎前神 三戸。越前。宝亀七―十二月八日符。
伊曽乃神 十五戸。伊与。天平神護元―十月奉十戸。神護二―十二月三日奉五戸。
大山積神 五戸。伊与。天平神護二―五月三日符。
伊与野間神 六戸。同国。
伊与津比古神 二戸。同国。
葛野打下神 九戸。山城国。
菟足神 十三戸。大和八戸。尾張五戸。
津名神 十三戸。淡路国。
大和神 三百廿七戸。勝宝元―十一月十四日奉三百戸。廿七戸不大和廿戸。十戸神護元―奉充。尾張七戸。常陸百戸。出雲五十戸。武蔵五十戸。安芸百戸。
大神々 百六十戸。大和卌五戸。摂津廿五戸。遠江十戸。美濃五十戸。長門卅戸。天平神護元―九月八日符。
鹿島神 百五戸。常六国神賎戸五十烟。課六百八十五人。不課二千六百七十六人。延暦五年。
香取神 七十戸。下総国。
穴師神 五十二戸。大和五戸。和泉八戸。播磨卅九戸。
住吉神 二百卅九戸。摂津五十戸。丹波一戸。播磨八十二戸。安芸廿戸。長門六十六戸。
日前神 五十六戸。紀伊国。
国懸須神 六十戸。紀伊国。
須佐命神 十戸。紀伊国。
伊太祁曽神 五十四戸。紀伊国十二
安房神 九十四戸。安房国
熊野神 廿五戸。出雲国戸。
鴨神 八十四戸。大和卅八戸。伯耆十八戸。出雲廿八戸。
都麻頭比売神 十三戸。紀伊国。
大屋津比売神 七戸。紀伊国。
巻向神 二戸。広瀬川合神 二戸。竜田神 三戸。並大和国。
上野抜鋒神 二戸。上野。村屋神 六戸。大和三戸。美作三戸。
池神 三戸。大和。倭文神 廿三戸。大和一戸。
播磨伊和神 十三戸。播万国。御歳神 十三戸。大和三戸。讃岐十戸。天平神護元年。
粟島神 二戸。伊雑神 二戸。並志摩。
他田神 二戸。大和一戸。伊勢一戸。大鳥神 二戸。和泉。
熊野牟須美神 四戸。紀伊。天平神護二年奉充。
新屋神 一戸。津国。祝園神 四戸。山城国。
伊豆三島神 十三戸。伊豆国。宝字二年十月二日九戸。同十二月四戸。
伊□大社神 二戸。近江国。佐為神 二戸。大和。
速玉神 四戸。紀伊。神護二年九月廿四日奉充。
許志摩神 九戸。山城。鏡作神 十八戸。大和二戸。伊豆十六戸。
羽束神 四戸。山城。占部神 九戸。山城。
櫛石窓神 五戸。丹波国。三尾神 十三戸。近江。神護元年九月七日符。
畝尾神 一戸。大和。若雷神 廿四戸。山城十四戸。丹波十戸。
難波大神社 二戸。津国。射園神 一戸。美乃。
槻田神 二戸。大和一戸。景雲四年。播万一戸。
和尓神 四戸。大和。宗我神 三戸。大和。
目原二神。同。島神 七戸。紀伊国。
忍坂神 三戸。伊勢一戸。但馬二戸。伊吉麻神 三戸。大和。
和支神 四戸。山城。入比売神 六戸。比売社神 一戸。津国。并。
奈須支神 二戸。同。出石神 十三戸。但馬。
養父神 四戸。同。大宮咩神 七戸。丹波。
比睿神 二戸。近江。葛木御県神 戸。備前。
高市御県神 二戸。志貴御県神 十二戸。
山辺御県神 二戸。添御県神 二戸。
十市御県神 二戸。石村神 二戸。忍坂山口神 一戸。
長谷山口神 二戸。耳無神 一戸。畝火山口神 一戸。以上大和。
建御名方富命神 七戸。生島足島神 一戸。並信濃国。
吉野水分神 一戸。宇太水分神 一戸。都祁山口神 一戸。神稲代神 一戸。並大和。
佐牙神 九戸。広田神 卌一戸。長田神 卌一戸。生田神 卌四戸。並津国。
片岡神 卅戸。大和七戸。遠江八戸。近江十五戸。
大依羅神 十八戸。津国八戸。備前十戸。天平神護元年奉充。
枚岡神 六十戸。河内四戸。丹波五十六戸。春日部神 四戸。河内。
石上神 八十戸。大和廿戸。備後十戸。信乃五十戸。
火幡神 十戸。伊与。高鴨神 五十三戸。大和二戸。伊与卅戸。天平神護二年符。土佐廿戸。天平神護元年符。
住吉垂水神 廿二戸。津国二戸。宝字三年十二月廿九日符。備中一戸。天平神護元年九月七日符。
播磨明石垂水神 十戸。播万。鴨御祖神 廿戸。山城十戸。丹波十戸。天平神護元年九月七日。
気多神 卅戸。能登国。
杵築神 六十一戸。出雲。天平神護元年奉充。大国魂神 一戸。大和国。天平宝字八年。
櫛麻知乃命神 一戸。
大祝詞命神 一戸。大和国。天平神護元年奉充。
園神 廿戸。韓神 十戸。並讃岐国。同年奉充。
川田神 二戸。近江国。同年奉充。荒田神 四戸。播万国。同年奉充。
山津照神 六戸。山田神 五戸。田鹿神 六戸。
日向神 二戸。並近江国。天平神護二年奉充。金山彦神 三戸。山城国。同年一戸。宝亀二年一戸。三年一戸。
氷川神 三戸。武蔵国。神護二年七月廿四日符。
菅生神 一戸。河内国。宝字八年。松尾神 四戸。山城二戸。神護景雲元年。因幡国二戸。三年奉充。
大島神 一戸。近江国。神護景雲□~□宝元奉充。
奥津島神 一戸。奥石神 一戸。近江国。同年。
花長神 一戸。美乃国。同年奉充。飯道神 一戸。近江国。宝亀二年奉充。
甘南備神 一戸。山城国。同年奉充。麻気神 一戸。丹波国。神護景雲四年奉充。
波多瓺井神 一戸。大和国。同年奉充。高宮神 一戸。河内国。同年奉充。
小野神 二戸。近江国。宝亀二年奉充。
高天彦神 四戸。大和国。同十年奉充。
任益神 十戸。参河国。中臣神 五戸。
酒見神 三戸。播万。忌部神 廿戸。紀伊十戸。出雲十戸。
葛木犬養神 廿戸。信濃。墨坂神 一戸。信乃々。天応元年十月十四日。
越知神 一戸。同国。同年。御上神 二戸。近江国。
粟鹿神 二戸。但馬国。来馬神 二戸。淡路。
若狭比古神 十戸。若狭。鹿島神 二戸。陸奥国。延暦元年五月廿四日符。
伊波刀和気神 二戸。同国。宝亀四年九月符。
白河神 二戸。同国。同年十月廿日符。苅田神 二戸。
伊具波夜別神 二戸。同国。同日符。月山神 二戸。出羽国。同年同月符。
多神 六十戸。大和十戸。播万卅五戸。遠江十五戸。
玉祖神 十戸。周防国。
中臣大鳥神 二戸。阿波。春日神 廿戸。常陸国鹿島社奉寄。天平神護元年。
乙訓神 六戸。山城国。天平七年四月十四日符。
丹生川上神 四戸。丹波二戸。大和二戸。宝亀四年五月。坐摩神 二戸。津国。
安宿山口神 十四戸。大和四戸。播万十戸。
生根神 一戸。大和国。磯部神 十四戸。大和国。伊勢大神宮神戸。
矢田神 二戸。大和国。
一大宰神封
大神神 六十二戸。筑前国。住吉神 卅六戸。
阿曇神 八戸。宗像神 七十四戸。已上四社。同国。
八幡神 一千六百六十戸。二千四百卅
田百卌六町九段二百卌四歩。神田六町九段二百卌四歩。位田百卌町。
一品八幡大神。封八百戸。四百廿三百八十位田八十町。五十
二品比咩神 六百戸。位田六十町。
田島神 十六戸。肥前国。大社神 一戸。壱岐島。
太祝詞神 二戸。対馬島。益救神 一戸。多祢島。

『類聚国史』3(神祇3伊勢太神)・大同2年8月癸亥(8日)条(807)

使神宝并唐国信物於伊勢太神

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同2年8月己卯(24日)条(807)

斎内親王於葛野即移

『日本後紀』大同3年5月庚寅(9日)条(808)

従五位下田口朝臣息継右少阿波守如故。従五位下藤原朝臣安継雅楽従五位下紀朝臣貞成河内従五位下藤原朝臣伊勢臣斎宮

『日本後紀』大同3年8月壬子(3日)条(808)

勅。斎宮寮之炊部司。元長官一人。而今改長官主舎人蔵部等司官

『類聚三代格』5(定官員并官位事)・大同3年8月3日官符(808)

太政官符
炊部司長官主典官位事
斎宮寮偁。件司元長官一人。而今改長官主者。右大臣宣。奉 勅。舎人蔵部等司官
大同三年八月三日

『日本後紀』大同3年8月乙亥(26日)条(808)

斎内親王於葛野即移

『日本後紀』大同3年9月辛巳(2日)条(808)

勅。伊勢大神并度会二宮大内人各三員。元是白丁。自以後。宜外考并把

『日本後紀』大同3年9月癸未(4日)条(808)

斎内親王

『日本後紀』大同3年11月辛卯(14日)条(808)

幣帛於伊勢大神大嘗也。

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同4年6月甲申(10日)条(809)

摂津国伊勢斎内親王也。

『類聚国史』4(神祇4伊勢斎宮)・大同4年8月甲申(11日)条(809)

仁子内親伊勢

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