國學院大學(Kokugakuin University)神道・神社史料集成(Shinto Jinja Database)21世紀COEプログラム(21st Century Center of Excellence (COE) Program)
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践祚大嘗祭

参考→新嘗祭

『日本書紀』天武天皇2年12月丙戌(5日)条(673)

-中臣。忌部。及神官人等。并播磨。丹波二国郡司。亦以下人夫等。悉賜禄。因以郡司等各爵一

『日本書紀』持統天皇5年11月戊辰朔条(691)

大嘗。神祇伯中臣朝臣大島天神寿詞

『日本書紀』持統天皇5年11月壬辰(25日)条(691)

公卿

『日本書紀』持統天皇5年11月乙未(28日)条(691)

公卿以下各有差。

『日本書紀』持統天皇5年11月丁酉(30日)条(691)

神祇官長上以下。神部及供奉播磨国。因幡国郡司以下百姓男各有差。

『続日本紀』文武天皇2年11月癸亥(7日)条(698)

使諸国大

『続日本紀』文武天皇2年11月己卯(23日)条(698)

大嘗。直広肆榎井朝臣倭麻呂直広肆大伴宿祢手拍神祇官人及供尾張美濃二国郡司百姓等各有差。

『続日本紀』和銅元年11月己卯(21日)条(708)

大嘗。遠江但馬二国-奉其

『続日本紀』和銅元年11月辛巳(23日)条(708)

五位以上于内殿諸方楽於各有差。

『続日本紀』和銅元年11月癸未(25日)条(708)

宴職事六位以絁各一

『続日本紀』和銅元年11月乙酉(27日)条(708)

神祇官及遠江但馬二国郡司。并国人男女惣一千八百五十四人。叙各有差。

『続日本紀』霊亀2年11月辛卯(19日)条(716)

大嘗。親王已下及百官人等。賜差。由機遠江。須機但馬国郡司二人位一

職員令神祇官条

伯一人。神祇祭祀。祝部。神戸。名籍。大嘗。鎮魂。御巫。卜兆。-判官

神祇令仲冬条

仲冬。上卯相嘗祭。下卯大嘗祭。寅日鎮魂祭。

神祇令即位条

凡天皇即位。惣天神地散斎一月。致斎三日。其大幣者。三月之内。修理

神祇令大嘗条

大嘗者。毎一年。国司行事。以外毎所司行事。

『続日本紀』神亀元年11月己卯(23日)条(724)

大嘗。備前国播磨国従五位下石上朝臣勝男。石上朝臣乙麻呂。従六位上石上朝臣諸男。従七位上榎井朝臣大島等。内物神楯於斎宮南北二

『続日本紀』神亀元年11月辛巳(25日)条(724)

五位已上於朝御酒并

『続日本紀』神亀元年11月壬午(26日)条(724)

饗百寮主典已上於朝無位宗室。諸司番上及両国郡司并妻子酒食并

『続日本紀』天平8年11月丙戌(11日)条・壬辰(17日)条(736)

丙戌。従三位葛城王。従四位上佐為王等上曰。臣葛城等言。去天平五年。故知太政官事一品舎人親王。大将軍一品新田部親王宣曰。聞道。諸王等臣連-奉朝是故者。臣葛城等本昧死以聞。昔者。軽堺原大宮御宇天皇曽孫建内宿祢。人臣之八氏之万代之以来。賜氏。或真人。或朝臣。源飛鳥浄御原大宮大八天皇。徳欽明文思。経地。太上天皇内後太上天皇。無守而不違。率土清浄。民以寧一。于也。葛城親母贈従一位県犬養橘宿祢。上浄御原朝藤原大命。忠。夙夜忘労。累代竭力。和銅元年十一月廿一日。-奉挙国廿五日御宴。天皇忠誠之勅曰。橘者果子之長上。人之所好。而繁茂。葉而不彫。共競光。以逾美。是以汝姓者橘宿也。而今者。恐伏惟皇帝陛下。-宅天-塞八海路之通。陸道之極。方船之貢。府無時。河図之霊。史不記。四民安業。万姓謳街。臣葛城。幸遭時之九卿之志在忠。妻子康家。夫王賜由来遠矣。是以。臣葛城等。願橘宿祢之先帝之厚橘氏之殊万歳無窮。千葉相伝。
壬辰。詔曰。従三位葛城王等王等情深謙譲。志在親。皇族之高外家之橘-思所橘宿千秋万歳相継無窮。

『続日本紀』天平勝宝元年11月乙卯条(25日)条(749)

南薬園新大嘗由機美濃須岐

『続日本紀』天平勝宝元年11月丙辰(26日)条(749)

五位已従三位三原王正三位。従五位上藤原朝臣乙麻呂正五位上。正六位上高橋朝臣男河。高橋朝臣三綱並従五位下。従五位上中臣朝臣益人正五位下。無位秋篠王。正七位下当麻真人子老並従五位

『続日本紀』天平勝宝元年11月丁巳(27日)条(749)

五位已差。

『続日本紀』天平勝宝元年11月戊午(28日)条(749)

饗諸司主典已差。番上人等亦

『続日本紀』天平勝宝元年11月己未(29日)条(749)

由機須岐国司。従五位上小田王正五位下。正四位下大伴宿祢兄麻呂正四位上。従四位下大伴宿祢古慈悲。背奈王福信並従四位上。正六位上津島朝臣雄子従五位軍毅已上位一又国司及軍毅百姓饗并

『続日本紀』天平勝宝元年11月庚申(30日)条(749)

正五位下小田王正五位是日-御大郡

『続日本紀』天平宝字元年7月庚戌(4日)条(757)

詔。更中納言藤原朝臣永手-問東人款云。毎事実也。無斐太都去六月中。期会謀三度。始奈良麻呂図書蔵辺太政官院其衆者安宿王。黄文王。橘奈良麻呂。大伴古麻呂。多治比犢養。多治比礼麻呂。大伴池主。多治比鷹主。大伴兄人。自余衆者闇裏不庭中-拝天地四誓曰。将七月二日闇内相殺刧即殿退皇太皇太后右大使然後廃帝。四王立以為君。人等。随悉禁著。各一々勘問。始宿款云。去六月廿九日黄昏。黄文来云。奈良麻呂欲尓。安宿即従往。太政官院廿許一人迎来礼揖。近著看顔。是奈良麻呂也。又素服者一熟看小野東人也。登時衆人共云。時既応過。安宿問云。未何拝耶。答云。而已云尓。安宿雖情。立拝。被往耳。又黄文。奈良麻呂。古麻呂。多治比犢養略皆大同。勅使又奈良麻云。逆謀縁而起。款云。内相行故先発兵。後将状。又問。政何等款云。東大人民苦辛。氏々人等。亦是為憂。剗奈羅已大問。所氏々何等又造元起汝父其言不似。奈良麻呂辞屈而服。又佐伯古比款云。賀茂角足高麗福信。奈貴王。坂上苅田麻呂。巨勢苗麻呂。牡鹿島額田部酒。其意者為令下二発逆之也。又角足謀。田村宮指授入道。是。一皆下獄。-遣諸-捕逆出雲守従三位百済王敬福。大宰帥正四位下船王等五衛人-衛獄拷掠窮問。黄文。名多夫道祖。名麻度大伴古麻呂。多治比犢養。小野東人。賀茂角足。名乃呂等。並杖下死。安宿王及妻子-流佐信濃国守佐伯大成。土左国守大伴古慈斐二人。並便其与党人等。或自外悉依配流。又遣使-召遠江守多治比国勘問。所亦同。-流於伊豆陸奥-問守佐伯全款云。去天平十七年。先帝陛下-幸難寝膳乖宜。奈良麻呂曰。陛下枕席不安。然猶無恐有乎。願多治比国人。多治比犢養。小野東而為君。百姓之大伴佐伯之族於此前将敵。方今天下憂苦。居宅無定。乗路哭叫。怨歎実多。縁議謀。事相随以否。全成答曰。全成先祖。清明佐時。全成雖愚。奈良麻呂云。天下而述耳。莫言畢辞去。厥後。大嘗之歳。奈良麻呂云。前歳所之事。今時欲発。如何。全成答曰。朝廷全成高爵重何敢違悪逆是言前歳已忘。何更発耶。奈良麻呂云。汝与同心之友也。由談説。願莫他。又去年四月全成齎京。奈良麻呂曰。-見大伴古麻以否。全成答云。未是時奈良麻呂云。願与-見古麻弁官曹相見語話。良久。奈良麻呂云。聖体乖宜。-看消今天下乱。人心無定。他氏立者。吾族徒大伴佐伯宿而為君。万世古麻呂曰。右大臣大納言是両箇人。乗権。汝雖君。人豈合従。願勿之。全成曰。此事無道。実言畢帰去。奈良麻呂古麻呂便勘問畢而自経。

『続日本紀』天平宝字2年8月乙卯(16日)条(758)

使-祓天下諸故也。

『続日本紀』天平宝字2年11月辛卯(23日)条(758)

乾政官大嘗丹波国播磨国

『続日本紀』天平宝字2年11月癸巳(25日)条(758)

於五位已差。

『続日本紀』天平宝字2年11月甲午(26日)条(758)

内外諸司主典已上於朝主典已上番上。及学生等六千六百七十余人布綿差。其明経。文章。明法。音。算。医。針。陰陽。天文。暦。勤公。勤産。工巧。打射等五十七人糸人十文人上者。更

『続日本紀』天平宝字2年11月辛未(27日)条(758)

神祇官人及由機須岐両国々郡司等。並并賜差。播磨介従五位下上毛野公広浜従五位上。丹波守外従五位下大蔵忌寸麻呂従五位

『続日本紀』天平神護元年11月癸酉(16日)条(764)

是。廃帝既天皇重是。大嘗美濃越前国

『続日本紀』天平神護元年11月庚辰(23日)条(764)

詔曰。神祇伯正四位下中臣朝臣清麻呂。其心如名。清慎勤労。累神祇朕見之。誠有焉。是以。天皇嘉其心名特従三又詔曰。由紀須伎二国守等。汝多知方朝庭等之天礼方己曽止毛美濃越前御占大嘗政事取以良之止念行天奈毛位冠賜久止宣。美濃守正五位下小野朝臣竹良従四位下。介正六位上藤原朝臣家依従五位下。越前守従五位上藤原朝臣継縄従四位下。介従五位下弓削宿祢牛養従五位又詔曰。今勅。今日大新嘗猶良比豊明聞行日在。然此遍余利在故御弟子等之天菩薩受賜在。此三宝供奉。次仁方天社国社神等乎毛為夜備末都利仁方供奉親王多知多知百官人等天下人民諸愍賜慈賜牟等天奈毛復天下治賜。故汝等於多比由紀須伎二国礼留黒紀白紀御酒赤丹多末倍恵良賜酒幣方利退天奈毛御物賜方久止宣。復勅。神等乎方三宝余利曽止奈毛在。然経末都礼方御法末都利末都流方多知仁伊末志家利。故是以出家人白衣相雑供奉豈障事天奈毛本忌之可久方之天大嘗聞行宣御命諸聞食宣。

『続日本紀』天平神護元年11月辛巳(24日)条(764)

詔曰。必人可多。母可多親在成物在。然王多知止藤原朝臣等止方朕親。黒紀白紀御酒賜御手物賜方久止宣。

『続日本紀』宝亀2年11月癸卯(21日)条(771)

太政官大嘗参河国因幡国参議従三位式部卿石上朝臣宅嗣。丹波守正五位上石上朝臣息嗣。勅旨少輔従五位上兼春宮員外亮石上朝臣家成。散位従七位上榎井朝臣種人神楯大和守従四位上大伴宿祢古慈斐。左大弁従四位上兼播磨守佐伯宿祢今毛人開門。内蔵頭従四位下阿倍朝臣息道。助従五位下阿倍朝臣草麻呂諸司宿侍名簿右大臣大中臣朝臣清麻呂神寿弁官史両国献右大臣絁六十五位已上衾各一

『続日本紀』宝亀2年11月乙巳(23日)条(771)

従三位石上朝臣宅中納正四位下藤原朝臣百川。従四位上阿倍朝臣毛人是日。五位已上於閣門前五位已上及内外命婦各有差。

『続日本紀』宝亀2年11月丙午(24日)条(771)

親王已下五位已上各有差。其明経。文章。音博士。明法。算術。医術。陰陽。天文。暦術。貨殖。恪勤。工巧。武士。惣五十五人糸人十従五位上紀朝臣広庭正五位無位大伴宿祢田麻呂本位従五位

『続日本紀』宝亀2年11月丁未(25日)条(771)

従五位下壱志濃王従四位下。正五位下奈癸王正五位上。従五位下当麻王従五位上。従四位上大伴宿祢古慈斐。藤原朝臣楓麻呂並正四位下。従四位下藤原朝臣浜足。大伴宿祢伯麻呂並従四位上。正五位上大伴宿祢駿河麻呂。正五位下大伴宿祢家持。正五位上石上朝臣息嗣並従四位下。従五位上多治比真人長野。李忌寸元環並正五位下。従五位下阿倍朝臣意宇麻呂。石川朝臣真守。当麻真人徳足。紀朝臣船守並従五位上。外従五位下内蔵忌寸若人。外正五位下葛井連根主。正六位上大中臣朝臣宿奈麻呂。紀朝臣諸継。平群朝臣臣足。藤原朝臣宅美並従五位下。正六位上阿刀宿祢真足。内蔵忌寸全成並外従五位是日。於五位已其内外文武官主典已上五位已上綿各有差。神祇官及主典已上。国郡司役各有差。

『続日本紀』宝亀2年11月戊申(26日)条(771)

国司従五位上船井王正五位下。正四位下藤原朝臣田麻呂正四位上。従五位下大伴宿祢潔足。粟田朝臣鷹守並従五位上。正六位上賀茂朝臣人麻呂。安倍朝臣謂奈麻呂。笠朝臣名末呂並従五位下。正六位上日下部直安提麻呂外従五位郡司爵人一

『続日本紀』宝亀2年11月己酉(27日)条(771)

由機正四位上藤原朝臣田麻呂。藤原朝臣継縄従三位。従四位上佐伯宿祢今毛人正四位

『続日本紀』宝亀2年11月庚戌(28日)条(771)

須岐正三位文室真人大市従二位。正五位下船井王正五位上。従五位上大伴宿祢潔足正五位下。無位粟田朝臣人成本位従五位下。正五位下藤原朝臣蔭正五位上。従五位下藤原朝臣人数。藤原朝臣諸姉。因幡国造浄成女従五位

『続日本紀』天応元年11月丁卯(13日)条(781)

太政官大嘗越前備前国両国種々翫好之土風歌舞於五位已上賜差。

『続日本紀』天応元年11月己巳(15日)条(781)

五位已雅楽寮楽。及大歌於正四位上大伴宿祢家持従三位。従五位上当麻王正五位下。従五位下調使王。浄原王並従五位上。無位大伴王従五位下。正五位下石上朝臣家成従四位下。正五位下佐伯宿祢真守正五位上。従五位下多治比真人年主。紀朝臣難波麻呂並従五位上。正六位上中臣朝臣必登。藤原朝臣真鷲。藤原朝臣浄岡並従五位宴訖賜各有差。

『続日本紀』天応元年11月庚午(16日)条(781)

三品不破内親王二品。従四位下浄橋女王従四位上。従五位下垂水女王従五位上。無位小縵女王従五位下。正四位下安倍朝臣古美奈正四位上。従四位下藤原朝臣諸姉従四位上。正五位上和気朝臣広虫従四位下。従五位下安曇宿祢刀自正五位下。従五位下神服宿祢毛人女従五位上。無位藤原朝臣明子従五位下。正六位上島名古刀自外従五位正五位下山辺王正五位上。従四位上藤原朝臣鷹取正四位下。従五位下藤原朝臣真葛。紀朝臣伯麻呂並従五位並由機須機国司也。正六位上林忌寸稲麻呂。凡直黒鯛。朝原忌寸道永並外従五位下。

『続日本紀』天応元年11月辛未(17日)条(781)

諸司主典已差。

『続日本紀』天応元年11月壬申(18日)条(781)

従五位下和気朝臣清麻呂従四位明経紀伝及陰陽医家。諸才能之士。糸各十

『続日本紀』天応元年11月癸酉(19日)条(781)

正六位上藤原朝臣根麻呂従五位下。従七位下酒人忌寸刀自古。無位佐和良臣静女並外従五位

『続日本紀』天応元年11月甲戌(20日)条(781)

正四位上安倍朝臣古美奈従三位。従四位下橘朝臣真都賀。百済王明信並従四位上。従五位下藤原朝臣勤子従五位

『続日本紀』天応元年11月丙子(22日)条(781)

無位藤原朝臣春蓮従五位

『続日本紀』延暦7年7月癸酉(28日)条(788)

前右大臣正二位大中臣朝臣清麻呂薨。曽祖国子小治田朝小徳冠。父意美麻呂中納言正四位上。清麻呂天平末従五位神祇大左中弁文部大輔尾張宝字中。従四位上参議左大弁兼神祇-居顕神護元年。仲満平後。勲四其年十一月。高野天皇更大嘗清麻呂時神祇-奉其天皇-任神祇清慎自従三景雲二年中納優詔姓大中天宗高紹天皇践祚。正三大納言兼東宮宝亀二年右大従二正二清麻呂-事数国旧朝儀国典多事。而精勤匪怠。致仕。優詔弗許。今上即位。詔許之。薨時年八十七。

『類聚三代格』1(科祓事)・延暦20年5月14日官符(801)

太政官符
一大祓料物廿八種。承前悪祓料物准重輸今下条亦同。
馬一疋 大刀二口 弓二張
矢二具。已上三種並不 刀子六枚
木綿六斤 麻六斤 庸布六段
鍬六口 鹿皮六張 猪皮六張
酒六斗 米六斗 稲六束
鰒六斤 堅魚六斤 雑腊六斤
塩六升 海藻六斤 滑海藻六斤
食薦六枚 薦六枚 坏六口
盤六口 柏十五把枚手六十枚料。 匏四柄
楉四枝長各一丈。 席一枚
-大嘗祭及同斎月内弔-署刑殺文決罰。食穢悪之者。雑物具官人有犯。
一上祓料物廿六種。
大刀一口 弓一張 矢一具
刀子二枚 木綿三斤 麻三斤
庸布三段 鍬三口 鹿皮三張
酒三斗 米三斗 稲三束
鰒三斤 堅魚三斤 雑腊三斤
塩三升 海藻三斤 滑海藻三斤
食薦三枚 薦三枚 坏四口
盤四口 柏十把枚手卌枚料。 匏二柄
楉三枝長各一丈。 席一枚
-怠新嘗祭。鎮魂祭。神嘗祭。祈年祭。月次祭。神衣祭等伊勢大神宮祢宜内御膳并新嘗等諸祭斎日。等六色禁者。宜輸物如右。
一中祓料物廿二種。
刀子一枚 木綿一斤 麻一斤
庸布一段 鍬一口 鹿皮一張
酒一斗 米一斗 稲一束
鰒一斤 堅魚一斤 雑腊一斤
塩一升 海藻一斤 滑海藻一斤
食薦二枚 薦二枚 坏四口
盤四口 匏一柄 柏五把枚手廿枚料。
楉二枝長各一丈。
-怠大忌祭。風神祭。鎮花祭。三枝祭。鎮火祭。相嘗祭。道饗祭。平野祭。春日春日等祭物忌戸座御火物忌穢悪御膳并忌火等祭斎日祝祢宜及神戸等六色禁者。宜輸物如右。
一下祓料物廿二種。
刀子一枚 木綿六両 麻六両
庸布一段 鍬一口 鹿皮一張
酒四升 米四升 稲四把
鰒六両 堅魚六両 雑腊六両
塩四合 海藻六両 滑海藻六両
食薦一枚 薦一枚 坏二口
盤二口 匏一柄 柏五把枚手廿枚料。
楉二枝長各一丈。
-怠諸祭祀及斎日祝祢宜并預神戸諸禁者。宜輸物如右。
以前右大臣偁。承前事有罪。善悪二祓-科一条例已繁。輸物亦多。事仍今改張立件。其殴傷若重者。祓浄之外依罪。斎外闘打者依科決。不又祝祢宜等与闘打及他犯者先即決罰。神戸百姓者行斎之外決法。奏聞。奉 勅。請。
延暦廿年五月十四日

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・大同2年2月辛酉(3日)条(807)

大嘗伊勢国備前国

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・大同2年10月壬午(29日)条(807)

車駕於葛野大嘗也。山城国奉献。五位已上衣

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・大同2年11月乙酉(2日)条(807)

大嘗乱故也。

『日本後紀』大同3年10月乙亥(27日)条(808)

-幸近江国大禊。也。

『日本後紀』大同3年10月丁丑(29日)条(808)

制。於前大嘗散斎三月也。自今以後。限。

『日本後紀』大同3年11月辛巳(4日)条(808)

内蔵寮囲。其自使告喩。投出去。

『日本後紀』大同3年11月戊子(11日)条(808)

勅。如聞。大嘗会之雑楽伎人等。専飾。令之不行。往古所譏。

『日本後紀』大同3年11月辛卯(14日)条(808)

幣帛於伊勢大神大嘗也。是夜。朝堂大嘗

『日本後紀』大同3年11月壬辰(15日)条(808)

豊楽殿五位已二国風俗歌五位已上及二国献物-給諸

『日本後紀』大同3年11月癸巳(16日)条(808)

宴飲終日。五位以上衣

『日本後紀』大同3年11月甲午(17日)条(808)

雑舞并大歌五節舞由貴主基両国国郡司役夫各有差。是日。従五位下葛井王従五位上。正六位上新城王従五位下。従四位下三諸朝臣真屋麻呂。藤原朝臣大継従四位上。正五位上藤原朝臣継業。正五位下安倍朝臣鷹野従四位下。従五位上高橋朝臣祖麻呂。藤原朝臣継彦。藤原朝臣道雄。紀朝臣田上。藤原朝臣真雄正五位下。従五位下永原朝臣最弟麻呂。大伴宿祢人益。石川朝臣継人。三島真人年嗣。百済王元勝。多治比真人今麻呂。紀朝臣縄麻呂。讃岐公千継。藤原朝臣山人。安倍朝臣真勝。大中臣朝臣智治麻呂従五位上。正六位上大中臣朝臣弟守。紀朝臣越永。安倍朝臣寛麻呂。藤原朝臣弟葛。多朝臣人長。安倍朝臣清継。斎部宿祢広成従五位下。外従五位下秦宿祢都伎麻呂外従五位上。正六位上名草直道主外従五位五位已上揩

『日本後紀』大同3年11月丙申(19日)条(808)

従四位上藤原朝臣緒嗣。吉備朝臣泉正四位下。正四位上五百井女王。藤原朝臣勒子従三位。従四位下藤原朝臣薬子正四位下。無位紀朝臣田村子従四位下。従五位上三善宿祢姉継。無位伊勢朝臣継子正五位下。無位藤原朝臣佐祢子従五位上。無位坂上大宿祢井手子。大中臣朝臣百子。藤原朝臣高子。藤原朝臣岡子。正六位上粟田朝臣仲継従五位下。従七位上尾張連真縵外従五位

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・大同4年4月辛丑(26日)条(809)

参河国美作国

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・大同4年5月甲戌(29日)条(809)

勅。今年大嘗

『日本後紀』弘仁元年10月甲午(27日)条(810)

於松崎大嘗会也。

『日本後紀』弘仁元年11月乙卯(19日)条(810)

大嘗於朝堂

『日本後紀』弘仁元年11月丙辰(20日)条(810)

豊楽悠紀主基両国翫好雑土風歌五位已上

『日本後紀』弘仁元年11月戊午(22日)条(810)

五位已雅楽并大従四位下大庭王従四位上。従五位下弟野王。作良王従五位上。正六位上貞代王。御井王従五位下。従四位下橘朝臣安麻呂。藤原朝臣冬嗣従四位上。正五位下藤原朝臣貞継従四位下。従五位上紀朝臣縄麻呂正五位下。従五位下田中朝臣浄人。大中臣朝臣諸人。佐伯宿祢鷹成。安倍朝臣雄笠。甘南備真人諸野。安倍朝臣浄足。藤原朝臣三守従五位上。外正五位下秦宿祢都伎麻呂。正六位上長岡朝臣岡成。豊野真人仲成。畝火真人莵原。藤原朝臣賀祐麻呂。多治比真人継益。藤原朝臣文山。坂上大宿祢真弓。橘朝臣永継。藤原朝臣葛成。小野朝臣諸野。従六位下藤原朝臣浜主。安倍朝臣弟雄。正六位上県犬養宿祢清継。佐伯宿祢弟成。忌部宿祢比良麻呂従五位下。正六位上林朝臣山主。志賀忌寸周興。賀茂県主立長。蔵人根主外従五位宴訖。賜差。

『日本後紀』弘仁元年11月己未(23日)条(810)

正四位下橘朝臣諱嵯峨太皇大后。多治比真人高子従三位。無位広長女王従五位上。正六位上藤野女王。無位継子女王従五位下。従五位下藤原朝臣松子正五位下。無位藤原朝臣緒夏。坂上大宿祢御井子従五位上。無位藤原朝臣葛子。橘朝臣安万子。三善宿祢弟姉。三国真人真主従五位

『日本後紀』弘仁元年11月辛酉(25日)条(810)

正六位上朝野宿祢道守。丹波史鳥守外従五位

『日本後紀』弘仁元年11月甲子(28日)条(810)

参河美作両国田-也。

『日本後紀』弘仁2年11月庚子(9日)条(811)

詔曰。伊勢国頃年多事。百姓労擾。往年-今亦労肩。斎内親王相迎送祗供不息。其労悦以使民。歴代之洪猷。救康。曩哲之恒範。今年田租。悉猶徴。

『日本紀略』弘仁11年2月甲戌朔条(820)

詔曰。云々。其朕大小諸神事。及季冬-幣諸元正受袞冕十二朔日受朝。同聴政。蕃国使奉幣及大小諸会。則黄櫨染皇后助祭之元正受鈿釵礼大小諸会之皇太子祀及元正朝袞冕九朔望入朝。元正群官若宮臣及大小諸会。可黄丹並常所者。不

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年10月甲申(4日)条(823)

大嘗会御禊装束司并次第

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年10月甲辰(24日)条(823)

佐比也。有勅。-賉京中窮乏祓除了。陪従五位已上。依

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年11月癸丑(3日)条(823)

天皇大極殿-献幣帛伊勢大神也。

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年11月癸亥(13日)条(823)

右大臣正二位藤原朝臣冬嗣。大納言従二位藤原緒嗣等。清涼殿口奏言。聖王相続。大嘗頻御。天下騒動。人民多弊。然神態不已。此度大嘗会者。天皇勅答。元不飾。耳。即大臣奏云。請大納言緒嗣-校其者。於是。緒嗣中納言良岑朝臣安世。参議伴宿祢国便治部省行事唯斎院之。宮内悠紀中務主基用之。但斎場依一切不玩好金銀刻鏤等之唯標者。以造之。橘并木綿飾之。即悠紀主基耳。所正税。悠紀主基各十万。後国司請。也。又悠紀主基両国雑担夫。各大嘗国民凋弊者也。

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年11月庚午(20日)条(823)

天皇大命良万止勅大命諸聞食宣。悠紀主基二国国司郡司等。日夜怠事無志麻理。伊佐乎志久仕奉流尓治賜。又奉人等中。其奉。治賜人在。又御意愛盛治賜人在。故是以冠位上賜治賜波久止詔天皇大命。衆聞食宣。叙位云々。天皇大命良万止勅大命諸衆聞食宣。神祇官人等大嘗会参出来仕奉悠紀主基二国国司郡司百姓及司々人等止毛番上已上御物賜。又悠紀国去年言上未納。主基国当年庸物免賜。又卜食二郡司仁波特御物加賜波久止宣。

『類聚国史』99(職官4叙位4)・弘仁14年11月庚午(20日)条(823)

従三位藤原朝臣三守正三位。正五位下原王正五位上。従五位下石作王従五位上。□~□永野王。占野王従五位下。正四位下石川朝臣河主正四位上。正五位下藤原朝臣浄本従四位下。正五位下文室朝臣弟直正五位上。従五位下笠朝臣梁麻呂。大中臣朝臣淵魚。石川朝臣浄道正五位下。従五位下文室朝臣長谷。小野朝臣真野。清原真人長谷。百済王安義。坂上大宿祢清野。三原朝臣春上。安部朝臣吉人。藤原朝臣家雄。藤原朝臣豊主従五位上。正六以上藤原朝臣野継。安部朝臣浜主。藤原朝臣伊勢雄。紀朝臣広総。伊勢朝臣福人。藤原朝臣永雄。伴宿祢浄臣。紀朝臣長江。高向朝臣永継従五位下。外従五位下石占忌寸水直外従五位上。正六以上飯高宿祢全雄。城原連継直外従五位

『類聚国史』8(神祇8大嘗会)・弘仁14年11月辛未(21日)条(823)

諸司五位已上差。女叙位。云々。

『類聚国史』77(音楽奏楽)・天長7年11月庚辰(10日)条(830)

散位従三位藤原朝臣真夏薨云々。性身。音楽之間。能大同初。大嘗会千功之調八佾之大楽之而起者也。年五十七。

『令義解』1(職員令)神祇官条・大嘗(833)

也。朝諸神之相嘗祭。夕者新穀於至也。

『令義解』2(神祇令)仲冬条・下卯大嘗祭(833)

謂。若者。也。

『令義解』2(神祇令)即位条・天神地祇(833)

謂。即位之後仲冬乃祭。下条所大嘗者。毎年。国司行事。是也。

『令義解』2(神祇令)即位条・散斎一月(833)

謂。仲冬之月。自朔。晦。

『令義解』2(神祇令)即位条・致斎三日(833)

謂。自卯。其辰日以後。即故下条云。致斎前後。兼也。

『令義解』2(神祇令)即位条・其大幣者三月之内令修理訖(833)

謂。大幣者。供幣物。各金水桶。金線柱伊勢神楯戈住吉之類是也。三月之内者。唯拠言。即始十一也。修理者。此也。

『令義解』2(神祇令)大嘗条・所司行事(833)

謂。所司者。在京諸司者也。

『続日本後紀』天長10年3月己酉(22日)条(833)

-大嘗会近江国高島備中国下道郡

『続日本後紀』天長10年10月辛丑(19日)条(833)

大嘗-幸賀茂鹵簿之儀具皇太子先而立。-謁天禊事畢。直相扈従五位已上大官焉。三四盃後。五位及神祇官長上以上。山城国司。并非侍従各有差。

『続日本後紀』天長10年11月庚申(8日)条(833)

大嘗会伊勢大神宮

『続日本後紀』天長10年11月丁卯(15日)条(833)

天皇八省禋祀之

『続日本後紀』天長10年11月戊辰(16日)条(833)

豊楽終日宴楽。悠紀主基共立標。其標。悠紀則慶山之上両鳳其樹五色々上悠紀近江四其上日上半月其山前天老及麟其後連理呉主基則慶山之上恒春々上五色卿々上有霞。々中主基備中四且其山上西王母益地王母仙童子。鸞鳳騏驎等其下鶴立矣。於悠紀標忽風吹工人扶持。乃-悠紀楽標。則大象之背。-構小両童書障其書曰。周礼曰。旄人掌也。礼記曰。民労其舞綴短。民逸其舞綴遠。故観民治其障子後々中造機。舞人之出其舞其象之左。一胡而馭象。

『続日本後紀』天長10年11月己巳(17日)条(833)

悠紀屏風卌主基御挿頭花二机。和琴二机。厨子十基。屏風廿帖。是日。親王已下五位以上。朝悠紀禄。夕主基各有差。

『続日本後紀』天長10年11月庚午(18日)条(833)

天皇豊楽殿于群正三位紀朝臣百継従二位。従四位下藤原朝臣常嗣従四位上。従四位下磐田王従四位上。従五位上峯成王正五位下。正六位上氏雄王。豊前王並従五位下。従四位下大中臣朝臣淵魚。長岡朝臣岡成並従四位上。正五位下甘南備真人高継。橘朝臣氏人。橘朝臣永名。藤原朝臣良房並従四位下。正五位下紀朝臣深江正五位上。従五位上藤原朝臣長良。安倍朝臣安仁。藤原朝臣清澄並正五位下。従五位下高道宿祢鯛釣。大中臣朝臣永嗣。藤原朝臣春津。良峯朝臣高行並従五位上。従五位下長岑宿祢茂知麻呂。正六位上藤原朝臣秋常。坂上大宿祢広雄。藤原朝臣高扶。小野朝臣千株。坂上大宿祢河内麻呂。橘朝臣宅継。大原真人真甘。惟良宿祢貞道並従五位下。正六位上余河成。豊岡宿祢真黒麻呂並外従五位宴畢賜各有差。夜闌還宮。

『続日本後紀』天長10年11月辛未(19日)条(833)

従三位継子女王正二位。無位藤原朝臣貞子従四位云々。女王及命婦差。

『続日本後紀』天長10年11月癸酉(21日)条(833)

悠紀之奉終日親王以下。次侍従已上

『続日本後紀』承和5年3月乙丑(8日)条(838)

散位従四位下池田朝臣春野卒。春野者。天応以往之人也。延暦十内舍十四年左衛門少十九年従五位内蔵丹波大同元年従五位中務少輔弾正少弘仁元年大蔵大三年正五位遠江越中宮内大天長三年図書四年正五位掃部六年正月従四位春野宿祢能十年大嘗会天皇欲賀茂春野掃部鹵簿諸大夫所其裾曳地。大咲曰。是尋常之装束。神事之古便着。古体之其裾離差高。而袴襴露見矣。諸大夫皆驚云。古之儀制後代当之。春野衣冠古様。身長六尺余。稠人之中。掲焉而立。会集衆人莫眼。皤々国老如者今則不也。卒時年八十二。

『続日本後紀』承和10年2月壬戌(3日)条(843)

散位従四位下勲七等大野朝臣真鷹卒。左近衛中将従四位上勲五等真雄之子也。弘仁元年春宮坊主馬左兵衛右衛門少十二年従五位散位頭大監物左兵衛淳和天皇践祚。天長之初。右近衛権少也。尋正五位九年従四位天皇脱屣。御之日。猶真鷹身於公是歳冬十一月。大嘗陣畢自-与権中将藤原朝臣私退去于綴憙尓後復出焉。真鷹而砥砺従公。夙夜匪懈。又平生-割俸像。使(山へんに茲)頓以供養薫修。下二追福之父子武家。而此行観者歎息。如。厥後被紀伊権卒。時年六十二。

『文徳天皇実録』仁寿元年4月癸丑(11日)条(851)

悠紀主基等伊勢国播磨国並卜之所也。

『文徳天皇実録』仁寿元年4月甲子(22日)条(851)

大嘗会行事

『文徳天皇実録』仁寿元年8月己巳(30日)条(851)

-祓於朱雀門百官尽会。大嘗

『文徳天皇実録』仁寿元年10月己亥朔条(851)

大嘗会御禊装束使。并前後鹵簿次第

『文徳天皇実録』仁寿元年10月庚申(22日)条(851)

下二使伊勢太神大嘗祭

『文徳天皇実録』仁寿元年10月甲子(26日)条(851)

大嘗也。

『文徳天皇実録』仁寿元年10月戊辰(30日)条(851)

-祓於朱雀門

『文徳天皇実録』仁寿元年11月辛卯(23日)条(851)

帝有於八省大嘗也。

『文徳天皇実録』仁寿元年11月壬辰(24日)条(851)

豊楽宴群

『文徳天皇実録』仁寿元年11月癸巳(25日)条(851)

豊楽宴飲。悠紀主基二国風俗歌

『文徳天皇実録』仁寿元年11月甲午(26日)条(851)

豊楽策命曰。天皇大命良万止勅大命諸聞給宣。悠紀主基仕奉二国国司等。日夜務結之久仕奉治賜。又仕奉人等中其仕奉状随治賜人在。又御意愛盛治賜人一二在。故是以冠位上賜治賜波久止詔天皇大命。衆聞食宣。四品時康親王階三従三位源朝臣弘。藤原朝臣長良。並正三位。従四位下正躬王従四位上。従四位上豊江王正四位下。正五位下楠野王従四位下。従五位下高原王従五位上。正六位上粟田王従五位従四位下藤原朝臣春津。長岑宿祢高名。正六位上源朝臣啓。並従四位正五位下藤原朝臣貞守。橘朝臣真直。並従四位従五位上高階真人清上。藤原朝臣大津。久賀朝臣三夏。並正五位従五位下島田朝臣清田。文室朝臣名継。小野朝臣千株。出雲朝臣岑嗣。源朝臣興。中臣朝臣逸志。藤原朝臣恒雄。並従五位外従五位下県連氏益。無位源朝臣至。正六位上藤原朝臣良世。安倍朝臣貞行。和気朝臣巨範。紀朝臣有常。和気朝臣貞臣。伴宿祢春世。文室真人真文。藤原朝臣藤河。橘朝臣宅主。甘南備真人春成。丹墀真人今継。当麻真人真道。藤原朝臣真冬。紀朝臣東人。中臣朝臣薭守。上毛野朝臣尚行。林朝臣宮吉。県犬養宿祢小成。柿本朝臣枝成。並従五位正六位上山田連春城。朝宗宿祢吉継。春道宿祢永蔵。安原宿祢岳。永野宿祢加祐麻呂。並外従五位大歌五節

『文徳天皇実録』仁寿元年11月乙未(27日)条(851)

策命曰。天皇大命良万止大命衆聞給宣。神祇官人等大嘗会参出来仕奉悠紀主基二国国司郡司百姓。及司司人止毛番上已上御物賜。又悠紀主基両国主典与利以下。国医師万弖。及諸郡司主帳已上把笏者。位一階上賜治賜。又悠紀国今年庸物。主基国今年田租免賜。両国卜相郡司尓波特御物賜波久止宣。是日。従四位下清子女王従四位上。無位定子女王正五位伴宿祢友子。無位橘朝臣忠子。並従四位下。従五位下綾公姑継従五位無位藤原朝臣香子。藤原朝臣弐子。正六位上安倍朝臣厚子。並従五位

『文徳天皇実録』仁寿元年11月丁酉(29日)条(851)

-祓於朱雀門之解

『文徳天皇実録』天安2年6月己酉(20日)条(858)

大学助従五位下山田連春城卒。春城。字連城。右京人也。曽祖白金明法博律令之義。無通。者。皆咸春城年十五入学。後嵯峨太上天皇欲下二皇子源朝臣大学生志時春城応徴。房。-覧諸子百-授丹波権博勉学之俄而太上天皇崩。春城失悲歎。仁明皇帝欲下二校書殿-閲御内蔵寮日-授備後権少明年春備中権少承和十二年夏対策。下科。明年春少外備中権少目如故。帝践祚。仁寿元年大嘗会外従五位二年正月遥駿河三年春三月自請之任。傍吏百姓其清時部下駿河郡新移阿気大国司申以祭祀。而祢宜祝等。増奇異之詿-誤国司庶春城到任。登時考訊。其訛以後。妖言永絶。歳時祭祀而已。傍吏諸人。其聡其年秋。奉使京。明年春正月四日諸儒改判。対策云。尺木寸玉。非古人猶泥。斉衡三年正月七日従五位天安元年二月勘解由次同年十二月玄蕃天安二年二月寝疾。病中遷左京大学左京亮如故。京職怱劇。病不事。左京大学卒。時年卅九。春城雖而性甚寛裕。言詞正直。無也。

『日本三代実録』貞観元年4月15日庚子条(859)

神祇官卜。参河国播豆美作国英多郡

『日本三代実録』貞観元年9月3日乙卯条(859)

御灯潔大嘗会也。

『日本三代実録』貞観元年9月10日壬戌条(859)

-祓於朱雀門大嘗会也。依式。八月上旬可行。諒闇之于今使-幣於伊勢太神

『日本三代実録』貞観元年9月21日癸酉条(859)

大嘗会御禊装束及鹵簿次第等正三位行中納言源朝臣弘装束司長従五位上守右少弁兼中宮亮藤原朝臣家宗左大史正六位上菅野朝臣高松。大内記高階真人菅根並主典二人。正三位行中納言橘朝臣峯継前次第司長中務少輔従五位下源朝臣包中務大丞正六位上藤原朝臣善枝。式部大丞紀朝臣春常並主典二人。参議正四位下行左兵衛督兼伊勢守源朝臣多後次第司長兵部少輔従五位下源朝臣直中務少丞正六位下藤原朝臣忠基。兵部少丞正七位下安倍朝臣高貞並主典二人。

『日本三代実録』貞観元年9月30日壬午条(859)

雨。-祓於八省院東大嘗会也。事。

『日本三代実録』貞観元年10月15日丁酉条(859)

夜。神祇官羅城門大嘗会故也。

『日本三代実録』貞観元年10月21日癸卯条(859)

来月大嘗-幸鴨例也。

『日本三代実録』貞観元年11月15日丙寅条(859)

神祇鎮魂

『日本三代実録』貞観元年11月16日丁卯条(859)

車駕朝堂院斎殿大嘗

『日本三代実録』貞観元年11月17日戊辰条(859)

大嘗宮祭礼既訖。天皇豊楽悠紀宴群悠紀国献物。-御主基群臣-就主基悠紀国風俗歌日暮。悠紀国所親王已下。五位已及内外官未者皆預焉。是夜。天皇-御豊楽殿後文武百官侍宿。親王已下参議已上御在琴歌神宴。終夜歓楽。

『日本三代実録』貞観元年11月18日己巳条(859)

天皇悠紀宴群主基国献物。-御主基群臣移座。乃主基国風俗歌主基国所是夜。天皇留御。親王已下百官侍宿亦如昨。

『日本三代実録』貞観元年11月19日庚午条(859)

-去悠紀主基両天皇豊楽殿広多治氏伴佐伯両氏久米舞。安倍氏吉志舞。内舍人倭舞。入夜宮人五節舞。並宴竟綿各有差。諸司官人五位已上及諸国司就入京。并新除外吏装束之輩皆預之。但未者不詔曰。天皇大命良万止勅大命諸聞給宣。悠紀主基仕奉二国国司等。日夜務結之久仕奉治賜。又仕奉人等中。其仕奉状随治賜人在。又御意愛盛治賜人一二在。故是以冠位上賜治賜波久止詔天皇大命衆聞食宣。右大臣従二位兼行左近衛大将藤原朝臣良相正二参議従三位行右衛門督兼備中守源朝臣融正三位。参議正四位下行左大弁兼左衛門督美作守藤原朝臣氏宗従三位。弾正大弼従四位下茂世王従四位上。無位棟良王従四位下。散位従五位下礒江王従五位上。無位久須継王従五位下。従四位下行摂津守滋野朝臣貞雄従四位上。民部大輔正五位下豊前王従四位下。内蔵頭従五位上兼行神祇大副中臣朝臣逸志。内薬正兼侍医参河権介物部朝臣広泉。肥後守藤原朝臣冬緒。紀伊守在原朝臣善淵並正五位下。参河守従五位下御長真人近人。散位大中臣朝臣榲雄。小野朝臣恒柯。美作介大中臣朝臣真主。左馬頭兼行信濃介藤原朝臣秀道。備前守源朝臣頴。侍従源朝臣同。縫殿頭伴宿祢須賀雄。右兵衛佐源朝臣至。散位和気朝臣巨範。図書頭当麻真人清雄。権大外記兼上野権介滋野朝臣安成。左衛門権佐藤原朝臣広基。陸奥守兼行常陸権介坂上大宿祢当道並従五位上。外従五位下行大和権介蕃良朝臣豊持。参河介壱志宿祢吉野。明法博士讃岐朝臣永直。尾張介菅野朝臣弟門。陰陽権助兼陰陽博士滋岳朝臣川人。大学助御船宿祢佐世。散位高橋朝臣文室麻呂。正六位上源朝臣撰。源朝臣治。左衛門大尉藤原朝臣国経。橘朝臣子善。藤原朝臣貞庭。式部大丞藤原朝臣安棟。右衛門少尉文室朝臣巻雄。右兵衛権大尉文室朝臣能雄。散位藤原朝臣岑人。橘朝臣忠宗。木工権助笠朝臣弘興。大内記高階真人菅棟。右近衛将監兼美作権掾紀朝臣正守。丹波権掾百済王俊聡。散位笠朝臣高人。内蔵少允丹墀真人石臣。主殿允車持朝臣広真並従五位下。左大史正六位上菅野朝臣高松。少外記秦宿祢安雄。主計助飛鳥戸造豊宗。中宮少進長統朝臣三肋。左近衛将監神門臣氏成。右近衛将監多臣自然麻呂。参河権掾大原宿祢河麻呂。美作掾佐伯直豊田麻呂並外従五位日暮。車駕還宮。

『日本三代実録』貞観元年11月20日辛未条(859)

詔曰。天皇大命良万止勅大命衆聞給宣。神祇官人等大嘗会参出来仕奉悠紀主基二国国司郡司百姓及司々人止毛。番上已上御物賜。又悠紀主基両国主典与利以下。国医師万弖。及諸郡司主帳已上。位一階上賜治賜。又悠紀国今年庸物。主基国今年田租免賜。両国卜相郡司尓波。特御物賜波久止宣。神祇伯大副及二国斎部少領已上。-賜馬各一正四位下源朝臣全姫従三位。無位為子女王。憙子女王。異子女王並従四位下。従四位下伴宿祢友子従四位上。無位源朝臣盈姫従四位下。従五位上菅原朝臣閑子。甘南備真人伊勢子並正五位下。従五位下田口朝臣舘子。菅原朝臣勢子並従五位上。外従五位下賀陽朝臣姑子。無位源朝臣高子。橘朝臣常子。藤原朝臣継子。藤原朝臣高子。藤原朝臣栄善子。百済王香春。笠朝臣遠子並従五位下。従六位上江沼臣河子外従五位

『日本三代実録』貞観元年11月30日辛巳条(859)

-祓於朱雀門大嘗祭解斎也。

『日本三代実録』貞観7年2月2日甲寅条(865)

従四位上行伊予守豊前王卒。豊前王者。贈一品舍人親王後。四世木工頭従五位上栄井王之子也。豊前少以称。天長三年大学俄而式部大五年父憂去職。服中詔之。七年諸陵九年大宰大十年仁明天皇天子是年十一月新嘗広讌。従五位承和元年備中之後参河久而大蔵少十四年従五位安芸明年伊予仁寿三年春正五位大和斉衡二年左京権大大和守如故。天安元年九月解官。服闋之後。二年十一月民部大貞観三年伊予任。四年四月下詔。下二参議已時政之是世俗之得右大臣藤原朝臣良相上表言。伏惟皇帝陛下。徳広詢之不諱之右大弁南淵朝臣年名。身山城守紀朝臣今守。所之州。風声必暢。之良伊予守豊前王。才学早彰。資歴淹久。他異大宰大弐藤原朝臣冬緒。声名粗達。器識漸優。吏幹之称。仍有愛。大和守弘宗王。頗諸経然則下二件等詔曰。可。先是。諸王夏冬衣符出多之。五六百是時載簿者四百余人。豊前上曰。諸王給服。人数不定。望請当時之。之。六年従四位時年六十一。豊前為簡傲。言語夸浪。接之道。避。尋常於侍従-藻人談咲消日。放縦不拘。諸王五世以下者。法不紫。豊前五世五紫。有司糺。然後着緋。

『日本三代実録』貞観10年2月18日壬午条(868)

参議正四位下行右衛門督兼太皇大后宮大夫藤原朝臣良縄卒。良縄。字朝台。左大臣内麿朝臣孫。而正五位下備前守大津之子也。良縄風容閑雅。挙止詳審。興福寺僧円壱好相人。良縄状云。必栄寵無比。退云。嗟呼於独有矣。承和四年内舍中務省啓令太子特嘉祥三年累左馬大允。内蔵権後改正。仁寿二年従五位斉衡元年播磨俄而春宮侍従。内蔵助。播磨介並如故。是年冬。大津於任天皇不聴。気絶。数尅乃蘇。去仕。詔奪之。俄而左兵衛権二年従五位三年右中内蔵権天安元年正五位備前右近衛中右中弁。内蔵権頭。春宮亮。備前守並如故。数月之後従四位左近衛中右大弁。勘解由長内蔵権二年讃岐是年九月十一月皇太子即位。是日従四位近江権貞観元年上表勘解由長之。是年十一月大嘗之日正四位兼備前三年春左大左近衛中将備前守並如故。母紀氏寝疲惙。良縄昼夜扶侍。不衣不帯。目不睫。終然丁憂。-去官哀号過礼。於毀数月之後。之。是時右大弁南淵朝臣年名。左中弁大江朝臣音人。年事老宿。班皆良縄私語云。彼両臣。或碩儒宿歯。或朝家塩梅。吾齢於両出入進退。常有顔。又左近衛少将藤原朝臣基経。少才望甚高。時論皆謂。非常之器也。先帝其雅今共豈応席。其少将中将辞職。是先賢所也。吾雖古人之之。屡以取仮。辞退懇切。職。五年左大音人右大基経良縄遷右衛門六年讃岐九年太皇太后宮大右衛門督如故。卒時年五十五。良縄素性寛厚。不孝謹天至。忠信夙彰。推上。文徳天皇特寵幸加隆。内外之事。多-諸司諸院別当之愆失之後母安倍氏性悍忌。諸子皆排却。但于良殊以重愛。良縄之。内舍時。諸内舍人皆是豪家年少。奢侈放縦。無因而語曰。朝台来則苦我。去而者。山城国葛野一道真如母紀氏出尼。-住其良縄-入食-捨俸香火之毎年八月。文徳天皇御忌日。-為天法華一生不時人以。忠孝相許。

『日本三代実録』元慶元年4月19日庚寅条(877)

-大嘗会悠紀美濃国席田郡。主基備中国都宇郡。並卜食。

『日本三代実録』元慶元年4月26日丁酉条(877)

大嘗会検校并悠紀主基行正三位行中納言兼右近衛大将皇太后宮大夫藤原朝臣良世。参議従三位行左衛門督大江朝臣音人。参議従三位行民部卿兼播磨権守藤原朝臣冬緒。参議正四位下行左大弁兼近江権守源朝臣-大嘗会従四位上行右京大夫兼美濃守源朝臣覚。式部大輔正五位上兼美濃権守橘朝臣広相。従五位上守左少弁巨勢朝臣文雄。左衛門権佐従五位上兼行美濃権介藤原朝臣維範。従五位下行肥後介藤原朝臣智泉。従五位下行美濃介藤原朝臣時長。并六位四人悠紀従四位上行右近衛中将兼備中守源朝臣直。従五位上守右中弁藤原朝臣保則。従五位下行備中介藤原朝臣清瀬。権介源朝臣元。散位伴宿袮春雄。外従五位下行博士兼但馬介阿保朝臣今雄。并六位四人主基

『日本三代実録』元慶元年5月2日壬寅条(877)

悠紀主基行事所印各一

『日本三代実録』元慶元年7月19日戊午条(877)

主基卜食備中国都宇郡年貢調物例輸鍬銭。不大嘗会比郡相博貢。

『日本三代実録』元慶元年7月27日丙寅条(877)

大嘗会行事所奏。五畿七道諸国-輸会料雑-課徭負担就路。遠近多疲。請給之。後年挙填。

『日本三代実録』元慶元年8月25日癸巳条(877)

-遣大中臣氏人於五畿七道諸-除境内穢-大嘗也。

『日本三代実録』元慶元年8月30日戊戌条(877)

-祓於朱雀門来十一月大嘗也。

『日本三代実録』元慶元年9月25日癸亥条(877)

-遣中臣斎部両氏人於五畿七道諸幣境内天神地祇三千一百卅四-大嘗也。

『日本三代実録』元慶元年9月26日甲子条(877)

大嘗会御禊装束及前後次第参議大宰権帥従三位在原朝臣行装束司長従五位上守右少弁兼行中宮亮藤原朝臣遠経判官二人。主典一人。参議従三位行左衛門督大江朝臣音人御前次第司長式部少輔従五位下菅原朝臣道真判官二人。主典二人。参議従三位行右衛門督源朝臣勤御後次第司長中務少輔従五位下大江朝臣公幹判官二人。主典二人。

『日本三代実録』元慶元年10月29日丙申条(877)

天皇十一月大嘗也。

『日本三代実録』元慶元年10月30日丁酉条(877)

所司-祓於朱雀門-大嘗也。

『日本三代実録』元慶元年11月戊戌朔条(877)

-告百官五凡天皇受践祚。七月以前即位者。当年行事。八月以後者。明年行事。散斎一月。致斎三日。斎月之内。予凶悪之自余諸事。依准擬。

『日本三代実録』元慶元年11月16日癸丑条(877)

建礼門

『日本三代実録』元慶元年11月17日甲寅条(877)

神祇鎮魂宮内省-大嘗会也。

『日本三代実録』元慶元年11月18日乙卯条(877)

夜。天皇豊楽大嘗王公畢会。百官供奉如式。

『日本三代実録』元慶元年11月19日丙辰条(877)

悠紀国献風俗歌

『日本三代実録』元慶元年11月20日丁巳条(877)

主基国献物。風俗歌舞一今。王公已下昼夜飲宴。極而罷。悠紀主基並-献衣詔。-賜五位已上預也。

『日本三代実録』元慶元年11月21日戊午条(877)

而広讌。賜各有差。詔曰。天皇大命良万止勅大命諸聞食宣。悠紀主基仕奉二国国司等。日夜怠事無。務志万利伊佐乎之久仕奉治賜。又仕奉人等中。其仕奉状治賜人在。又御意愛盛治賜一二在。故是以冠位上賜治賜波久止詔天皇大命衆聞食宣。参議正四位下行左近衛中将兼備中権守源朝臣能有従三位。従四位下行大舎人頭有佐王従四位叙位六十四人。

『類聚国史』101(職官6叙位6)・元慶元年11月21日戊午条(877)

従五位下守刑部大輔弘道王従五位上。従四位上守宮内卿兼行美濃守源朝臣覚。右近衛中将兼行備中守源朝臣直並正四位下。従四位下行山城権守良岑朝臣長松。右近衛権中将在原朝臣業平並従四位上。正五位上行左近衛少将兼播磨権介藤原朝臣門宗。式部大輔兼美濃権守橘朝臣広相。正五位下行大和守源朝臣穎。主殿頭伴宿祢須賀雄並従四位下。従五位上行出羽守藤原朝臣興世。越前守橘朝臣良基。権左中弁藤原朝臣春景。左衛門権佐兼行美濃権介藤原朝臣維範等並正五位下。散位従五位下田口朝臣統範。右京権亮橘朝臣最雄。加賀権守源朝臣加。散位清原真人惟岳。上野介藤原朝臣□~□。土佐権守源朝臣望。右衛門権佐藤原朝臣高経。散位佐伯宿祢貞行。神祇大副大中臣朝臣有本。美濃介藤原朝臣清瀬。備中権介源朝臣元。皇太后宮権亮平朝臣惟範。駿河守上毛野朝臣世由等並従五位上。散位外従五位下秦宿祢永原。大春日朝臣安永。木工大工日置造縄主。主税頭家原朝臣春郷。正六以上源朝臣近喜。源朝臣紀。式部大丞小野朝臣葛絃。阿波権介小野朝臣檉生。式部大丞平朝臣定相。備中掾藤原朝臣縁仁。右京少進橘朝臣香富。木工助中臣朝臣伊度人。右近衛少監兼美濃権少掾良岑朝臣晨省。民部少丞藤原朝臣佐世。散位清原真人有右。美濃少掾藤原朝臣清保。皇太后宮少進藤原朝臣秀貞。大炊権助藤原朝臣藤宗。少内記惟良宿祢高尚。□兵衛大尉紀朝臣有貞。美濃権少掾紀朝臣清臣。内蔵権助高階真人忠岑。備中権掾藤原朝臣高松。良岑朝臣善樹。散位□~□助藤原朝臣春生。美濃権大掾藤原朝臣総基。神祇大祐斎部宿祢伯江。美濃大掾紀朝臣春常。左近衛将監藤原朝臣茂蔭等並従五位下。左兵衛府生大外記忠宗朝臣是行。左大史山口宿祢岑仁。采女正時原宿祢春風。左少史兼明法博士秦公直宗。主税大充惟宗宿祢三宗麿。園地正春日朝臣宅成等並外従五位下。

『日本三代実録』元慶元年11月22日己未条(887)

右衛門大尉正六位下藤原朝臣佐命授五位女御正三位藤原朝臣多美子授二無位隆子女王。兼子女王。典侍従四位上甘南備真人伊勢子並正四位下。廿五人。

『日本三代実録』元慶元年11月25日壬戌条(887)

悠紀主基国宰郡司歌女百姓。賜差。

『日本三代実録』元慶元年11月29日丙寅条(887)

-朱雀門大嘗会祭祀解斎也。

『日本三代実録』元慶元年12月21日丁亥条(877)

美濃備中両国-大嘗会悠紀主当年庸神宮寺并諸家封戸是日。太政官左右弁官史生等卌一人位一是。史生等言。今年四月十六日詔書曰。内外文武官主典已上爵一太政官左右弁官史生。名実是ヽヽ。望請-循先一階之是日。詔聴之。

『日本三代実録』元慶2年10月24日丙戌条(878)

左近衛左衛門左兵衛左馬等府寮献物。天皇紫宸殿王公侍宴。楽。終日酣暢。日暮酒闌。公卿降殿。歌舞。極方罷。班賜有差。是。去元慶元年五月六日。帝武徳殿下二左右馬寮細競争右馬既勝。仍左方府寮其輸去年冬有帝親奉祀。是故今日焉。

『日本三代実録』元慶8年3月22日癸未条(884)

神祇官於左仗-定斎伊勢斎者皇女繁子卜食。賀茂斎者皇女穆子。太上天皇在祚。卜定初斎今依不変。又大嘗悠紀伊勢国員弁郡。主基備前国和気郡並卜食。

『日本三代実録』元慶8年5月29日戊子条(884)

勅曰。-治諸之状。格制重畳。如聞。破壊伽藍往々而在。重仰下速寺家田園地今年内修造来冬大嘗-遣星使者。道俗主司。同違勅-却見天平宝字八年十一月十一日。大同元年八月廿七日。弘仁十三年三月廿六日。嘉祥二年閏十二月五日。斉衡三年九月十六日。貞観元年七月十七日等格。曽太政官符。-下五畿内七道諸訖。

『日本三代実録』元慶8年8月16日甲辰条(884)

-遣大中臣氏人等。左右京五畿内七道国解除。十一月。大嘗也。

『日本紀略』元慶8年8月29日丁巳条(884)

朱雀門大祓。以大嘗也。

『日本三代実録』元慶8年10月2日己丑条(884)

大嘗会御禊装束并前後次第参議正四位下行左大弁兼播磨守藤原朝臣山陰。装束司長右中弁正五位下安倍朝臣清行判官二人。主典二人。正三位行中納言兼民部卿在原朝臣行平前次第司長従五位上行式部少輔兼文章博士加賀権守菅原朝臣道真判官主典各二人。中納言従三位兼行左衛門督源朝臣能有後次第司長従五位上行兵部少輔源朝臣遠判官主典各二人。

『日本三代実録』元慶8年10月22日己酉条(884)

-大嘗会御禊陪従親王已下五位已上八十四諸司

『日本三代実録』元慶8年10月28日乙卯条(884)

-幸鴨天皇践祚之年十一月大嘗会先一月。之例也。是日。京城万民会集縦山城国献物。親王已下五位已上。賜差。日暮鸞輿還宮。

『日本三代実録』元慶8年11月10日丁卯条(884)

下二散位従四位下良末-幣於伊勢大神告以大嘗天皇朝堂院小安殿使焉。

『日本三代実録』元慶8年11月21日戊寅条(884)

鎮魂祭如常。

『日本三代実録』元慶8年11月22日己卯条(884)

天皇朝堂院斎殿大嘗悠紀殿主基殿親王公卿。文武百寮。小斎大斎。宿侍如式。

『日本三代実録』元慶8年11月23日庚辰条(884)

大嘗宮祭礼既訖。天皇豊楽殿巳時悠紀宴群悠紀国献物。未時。-御主基群臣-就主基悠起国風俗歌日暮悠紀国所親王已下五位已及内外文武官未者皆預焉。是夜。天皇-御豊楽殿後文武百官侍宿。親王已下参議已上御在琴歌神宴。徹歓楽。

『日本三代実録』元慶8年11月24日辛巳条(884)

巳時。天皇悠紀宴群主基国献物。未時。-御主基群臣移及主基国風俗歌主基国所昨日是夜。天皇留御。王公以下百官。侍宿亦如昨。

『日本三代実録』元慶8年11月25日壬午条(884)

-去悠紀主基両天皇豊楽殿広多治氏伴佐伯宿祢両氏久米舞。安部氏吉志舞。内舎人倭舞。入夜。宮人五節舞並宴竟綿各有差。諸司官人。五位已上。及諸国司就入京。并新除外吏装束之輩皆預之。但未者。不宣詔曰。天皇大命良万止勅大命諸衆聞食宣。今日大嘗会直相豊楽畢日在。是以。黒支乃御酒赤丹穂恵良支天奈毛。常賜酒御物賜久止宣。無位直実王従四位叙位卌三人。夜鸞輿還宮。

『類聚国史』101(職官6叙位6)・元慶8年11月25日壬午条(884)

従四位上行左近衛権中将兼備前守源朝臣興基正四位下。従四位下行丹波権守源朝臣興範。伊勢守藤原朝臣興世。無位源朝臣旧鑑。源朝臣是貞並従四位上。右近衛少将正五位下平朝臣正範。左少弁藤原朝臣有蔭並従四位下。上野介従五位上安倍朝臣興行。備前権守源朝臣加。神祇大副大中臣朝臣有本。備前介源朝臣淵。伊勢権守藤原朝臣有文。右衛門権佐兼備前権介藤原朝臣有穂。勘解由次官兼伊勢権介惟良宿祢高尚等並正五位下。大宰少弐従五位下御室朝臣安常。備中権介源朝臣進。伊勢介南淵朝臣興世。伊予介善淵朝臣愛成。伊勢権大掾笠朝臣秋用。散位藤原朝臣貞幹等並従五位上。外従五位下行采女正時原宿祢春風。助教中原宿祢月雄。無位源朝臣令行。源朝臣来。大内記正六位上小野朝臣千里。式部大丞高階真人茂範。散位藤原朝臣恒泉。伊勢少掾当麻真人春興。備前権掾藤原朝臣元佐。備前掾藤原朝臣世武。伊勢大掾文室朝臣正真。左近衛将監紀朝臣益国。右兵衛大尉巨勢朝臣御津。備前権掾従六位上藤原朝臣秀高。大膳亮藤原朝臣秀行。右近衛将監兼備前権掾山口朝臣連松。少判事橘朝臣時生。大舎人助正六位上実雄王。主水正忠臣王。皇太后宮少進藤原朝臣常淵。式部大丞坂上大宿祢茂樹。散位八多朝臣清直。大外記島田朝臣惟上。右衛門大尉多治真人安方等並従五位下。左大史正六位上兼行算博士家原朝臣高郷外従五位下。

『日本三代実録』元慶8年11月27日甲申条(884)

女叙位。男二人。女十五人。右近衛将監正六位上源朝臣忠相。左衛門大尉平朝臣有広並従五位

『日本三代実録』仁和元年2月21日丁未条(885)

天皇紫宸殿事。大臣以下。参議以上並侍。従「々」五位上行少納言兼侍従橘朝臣春行。就奏請。-印官是日。詔曰。自者。咸以敷教。而成規。彼体豈啻革之務。朕繆懍々乎也。日忽復二年。竜星再躔。鳳律頻変。若歴年元慶九仁和元-除伊勢。備前両国百姓去年当年事也。其卜食郡。諸家諸神等封戸庸物。正税焉。

『日本三代実録』仁和元年12月21日丁未条(885)

「免除伊勢備前両国百姓去年庸以供大嘗当年事多費也其卜食郡免田租諸家諸神寺封戸庸物充正税穀焉」

『日本紀略』仁和4年9月30日条(888)

大嘗大祓。

『日本紀略』仁和4年10月7日壬申条(888)

詔。-幣於伊勢太神宮及諸十一月中卯日大嘗会

『日本紀略』仁和4年10月9日癸酉条(888)

大嘗会御禊侍従等

『日本紀略』仁和4年10月28日壬辰条(888)

天皇于鴨御記曰。廿七日御禊。

『日本紀略』仁和4年10月29日癸巳条(888)

大祓。

『日本紀略』仁和4年11月8日己丑条(888)

-遣大神宝使

『日本紀略』仁和4年11月20日癸丑条(888)

叙位儀。

『日本紀略』仁和4年11月22日乙卯条・23日丙辰条(888)

廿二日乙卯。大嘗会悠紀近江。主基播磨。酉一刻。-御主基御戌一刻。-御清暑
廿三日丙辰。同。

『日本紀略』仁和4年11月25日戊午条(888)

叙位。

『日本紀略』寛平9年7月14日丁亥条(897)

今日。政也。近江国依智丹波国多紀郡

『日本紀略』寛平9年8月28日辛未条(897)

祓使於五畿七道諸-幣於諸来十一月大嘗也。

『日本紀略』寛平9年9月16日戊子条(897)

大嘗会装束司除目。

『日本紀略』寛平9年9月19日辛卯条(897)

来月御禊日

『日本紀略』寛平9年10月2日甲辰条(897)

御禊侍従

『日本紀略』寛平9年10月25日丁卯条(897)

天皇十一月大嘗会也。

『日本紀略』寛平9年11月20日辛卯条(897)

天皇八省大嘗也。

『日本紀略』寛平9年11月21日壬辰条(897)

天皇豊楽舞楽風俗

『日本紀略』寛平9年11月23日甲午条(897)

天皇-御本

『日本紀略』寛平9年11月30日辛丑条(897)

大祓。

『令集解』2(職員令)神祇官条・大嘗

也。朝諸神之相嘗祭。夕者新穀於至也。釈云。嘗猶也。言試新穀之神祇令云。大嘗者毎世一年。国司行事。以外毎年。所司行事是。古記云。問大嘗若為。答。為年供奉也。神祇令云。大嘗毎世一年云々即是也。跡云。大嘗。謂毎世大嘗。亦此司行事耳。朱云。神祇令仲冬下卯大嘗祭是也。

『令集解』2(職員令)神祇官条・鎮魂

謂。鎮安也。人陽気曰魂。々運也。言離遊之運身体之中問。神祇大嘗。鎮魂既常典之而此重何如。答。凡祭祀之興。祈禳為本。祈禳所科。率土共頼。唯此二祭者。是殊有司之慇故別起之。又問。此令鎮魂之神祇令大嘗両処次第何其不例。答。此令。事大次。何者神祇令所謂。天皇即位。惣天神地是則大嘗事既重大。御亦親供。故鎮魂之神祇令者祭先次。大嘗文。必一釈云。鎮殿也。人陽気曰魂。々運。人陰気曰魄。々白也。然則-復離遊之運身体之中神祇大嘗鎮魂。既神祇祭祀之-以別者。祭祀之中。此祭尤重。故別顕耳。朱云。鎮魂。神祇令仲冬寅日鎮魂者是。讃云。問。大嘗鎮魂此二祭者。不上神祇祭祀之答。既祭祀之-以別者。祭祀之中。此祭尤重。故別顕耳。

『令集解』7(神祇令)孟夏条・風神祭

謂。亦広瀬竜田二祭也。欲沴風不吹。稼穡滋此四者。先其次三枝。其次大忌。其次風神。即公式令連署同。以下諸祭。亦也。釈云。広瀬竜田祭也。世草木五穀等。風吹而枯壊之。此時不彼神即天皇斎戒。願覚。夢中即覚云。竜田小野祭。二社同日共妹妋之亦五位以上充使。古記無別。又云。凡諸祭次第。具列如左。孟夏神衣祭。三枝祭。大忌祭。風神祭。以下放此。跡云。文読次第。神衣祭。大忌祭。三枝祭。但仲冬虚構耳。寅日二分之耳。穴云。孟夏仲冬等注。先上二了。乃長。一云。神衣。次大忌。次三枝。仲冬注。相嘗。次大嘗。次鎮魂也。但先寅日乃可下卯而先者。職員令所耳。又季夏。季冬。道饗祭是晦。故云。是説為也。新令問答篇所次。又律目録篇所次。並亦如之。

『令集解』7(神祇令)仲冬条・下卯大嘗祭

謂。若者。也。釈云。朝諸神相嘗祭了。-奉新也。若卯者。中卯也。朱云。下卯大嘗祭。謂若一月内卯日三者。中卯可也。耳。然則鎮魂祭之後。可大嘗但職員令文義大嘗祭云耳。毎年毎世大嘗。並此日可祭。但毎世大嘗祭年者。毎年大嘗不也。

『令集解』7(神祇令)即位条・散斎一月

謂。仲冬之月。自朔。晦。古記云。問。一月意如何。答。月生一云耳。不卅日耳。朱云。散斎一月。謂不也。穴云。或云。散斎一月者。修理之三之外也。今説依云耳。

『令集解』7(神祇令)即位条・致斎三日

謂。自卯。其辰日以後。即故下条云。致斎前後。兼也。穴云。三日。謂是也。今説者。依耳。鎮魂祭耳。穴云。致斎三日。自也。朱云。致斎三日。謂此三日必適当耳。

『令集解』7(神祇令)即位条・其大幣者三月之内令修理訖

謂。大幣者。供幣物。各金水桶。金線柱伊勢神楯戈住吉之類是也。三月之内者。唯拠言。即始十一也。修理者。此也。釈云。大幣也。伊勢大社。金麻笥。金多多住吉。之類也。三月之内。謂以数。不也。修理。新作也。案祭即位之後祭。朱云。三月之内。修理謂三月之後。更者。此説違釈。但私心合耳。凡此条内約。而則者。跡云。大幣謂名大幣之物名也。古記云。問。大幣意何。答大幣。謂即位之時。惣天神地祭幣別地卜定。三箇月内修理此修理而散斎物但修理之字。得新造名用耳。問。三月内修理了。若日限有不。答。

『令集解』7(神祇令)践祚条・中臣奏天神之寿詞

謂。神代之古万寿之宝也。釈言。寿詞神代古事也。跡云。寿剣并十一耳。鏡剣耳。但寿云々耳。又地祇不文。穴云。問。寿哉。答。不也。時行事大嘗祭之日。寿十一月祭新王不耳。異。博士不依。

『令集解』7(神祇令)大嘗条・国司行事

朱云。臨時国司者。

『令集解』7(神祇令)大嘗条・所司行事

謂。所司者。在京諸司者也。釈無也。穴云。所司神祇也。預諸司皆同。下条諸司亦同。神祇官也。

『令集解』7(神祇令)諸国大祓条・毎郡出刀一口皮一張鍬一口及雑物等戸別麻一条其国造出馬一疋

穴云。刀一口。一可良。皮一張。一波太。鍬一口。一和。国造。国別有耳。若国造闕者。無也。古説。不依。買出。国造-任郡者。刀等並通備耳。今説。刀一口以下。雑物以上者。郡司私備耳。但国造所馬者。祓訖之後。所耳。今行事使得耳。朱云。皮一張。謂皮色不見。但令釈上条云。鹿皮者也。雑物以上。郡司中可備。知。少領以上歟。不何。先云。主帳以上。皆郡司耳者。郡司中作可出者。明。国造者。郡司兼亦出耳。若専者。不也。国造官之耳。毎一人可者。未知。選叙令云。国造与同不。答。案一同耳。跡云。雑物以上。郡司之物令備。者。不耳。古記云。問。大祓刀皮鍬雑何物也。答。郡司等私輸耳。皮鹿天皇即位。惣天神地天下大以外臨時在耳。

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