國學院大學(Kokugakuin University)神道・神社史料集成(Shinto Jinja Database)21世紀COEプログラム(21st Century Center of Excellence (COE) Program)
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月次祭


『続日本紀』大宝2年7月癸酉(8日)条(702)

山背国乙訓火雷神。毎雨。頻有大幣及月次幣

神祇令季夏条

季夏。月次祭。鎮火祭。道饗祭。

神祇令季冬条

季冬。月次祭。鎮火祭。道饗祭。

神祇令天神地祇条

前件諸祭供調度及礼儀。斎日。皆其祈年月次祭者。百官神祇中臣忌部

個人蔵・宝亀3年5月20日官符(772)

太政官符神祇官
広瀬神社壱前 大和国広瀬
右大臣偁。件社。自今以後。宜月次幣帛者。官宜承知。依施行。符到奉行。
□~□(従四位?)下行左中弁中務大輔大伴宿祢家持 左少史正七位上土師宿祢拖取
宝亀三年五月廿日

『続日本紀』延暦9年6月戊申(13日)条(790)

神祇官曹神今食諒闇未終。而於設焉。

『本朝月令』・6月11日神今食事所載延暦11年3月19日官符(792)

高橋氏文云。太政官符神祇官。高橋安曇二氏-奉神事御行立先事。右右大臣偁。奉勅。聞。先代所行。神事之日。高橋朝臣等立供奉。安曇宿祢等。更無争。于飯高天皇御霊亀二年十二月。神今食之日。奉膳従五位下安曇宿祢刀典膳従七位上高橋朝臣乎具須曰。刀者官長年老。此時。乎具須比答云。神事之日。-奉御者。膳臣等之職。他氏之而刀猶強論。乎具須比不肯。相論。於内累世神事。不宜依之。以来。無于宝亀六年六月。神今食之日。安曇宿祢広吉強進立。高橋波麻相争。-却広事畢之後。所司科祓。于時波麻呂固辞。無何共為祓。是言上聞。更上中之祓。訖。其後広吉等。妄-附氏申聞。自得先。高橋朝臣等。雖敢披而憂憤之状。稍去延暦八年。為-問事-検日本紀及二氏私高橋氏之先。而毎-知二而今内膳司奉膳正六位上安曇宿祢継成。去年六月十一月十二月。三度神事。頻争前。猶不進。仍逓先比来頻已告訖。此度依高橋而継成不直出而退。竟之理。豈如乎。兼論犯。者。謹日本巻向日代宮御宇大足彦忍代別天皇五十三年。-狩東淡水是時-覚駕鳥之膳臣遠祖名磐鹿六雁。高橋祖也。白蛤為而進之。六雁膳大伴其家是高橋氏-奉御之由也。降軽島明宮御宇誉田天皇三処々海人-命。安曇連祖大浜宿平之日。海人之是安曇氏-奉御之由也。又安曇宿祢等欵云。御間城入彦五十瓊殖天皇御世。己等遠祖大栲成吹始者。仍其私記追注行下。筆迹殊拙不字。奸詐之端於見矣。然則之家磐鹿六雁質於大浜宿祢名於相去懸遠。更無先後之事已灼然。理先。安曇後。又継成-執偽先。遁去。遂人臣此而不正。何以懲後。職制云。-捍詔使人臣之者絞。名例律云。-捍詔使人臣之者。大不又云。獄成者除名者。今継成所犯。律。謹具奏聞者。奉勅。自余依者。官承知以符到奉行。延暦十一年三月十九日。

『類聚国史』10(神祇10常祀)・延暦19年10月壬辰(27日)条(800)

丹生□~□月次祭

『類聚三代格』1(科祓事)・延暦20年5月14日官符(801)

太政官符
一大祓料物廿八種。承前悪祓料物准重輸今下条亦同。
馬一疋 大刀二口 弓二張
矢二具。已上三種並不 刀子六枚
木綿六斤 麻六斤 庸布六段
鍬六口 鹿皮六張 猪皮六張
酒六斗 米六斗 稲六束
鰒六斤 堅魚六斤 雑腊六斤
塩六升 海藻六斤 滑海藻六斤
食薦六枚 薦六枚 坏六口
盤六口 柏十五把枚手六十枚料。 匏四柄
楉四枝長各一丈。 席一枚
-怠大嘗祭及同斎月内弔-署刑殺文決罰。食穢悪之者。雑物具官人有犯。
一上祓料物廿六種。
大刀一口 弓一張 矢一具
刀子二枚 木綿三斤 麻三斤
庸布三段 鍬三口 鹿皮三張
酒三斗 米三斗 稲三束
鰒三斤 堅魚三斤 雑腊三斤
塩三升 海藻三斤 滑海藻三斤
食薦三枚 薦三枚 坏四口
盤四口 柏十把枚手卌枚料。 匏二柄
楉三枝長各一丈。 席一枚
-怠新嘗祭。鎮魂祭。神嘗祭。祈年祭。月次祭。神衣祭等伊勢大神宮祢宜内御膳并新嘗等諸祭斎日。等六色禁者。宜輸物如右。
一中祓料物廿二種。
刀子一枚 木綿一斤 麻一斤
庸布一段 鍬一口 鹿皮一張
酒一斗 米一斗 稲一束
鰒一斤 堅魚一斤 雑腊一斤
塩一升 海藻一斤 滑海藻一斤
食薦二枚 薦二枚 坏四口
盤四口 匏一柄 柏五把枚手廿枚料。
楉二枝長各一丈。
-怠大忌祭。風神祭。鎮花祭。三枝祭。鎮火祭。相嘗祭。道饗祭。平野祭。春日等祭物忌戸座御火物忌穢悪御膳并忌火等祭斎日祝祢宜及神戸等六色禁者。宜輸物如右。
一下祓料物廿二種。
刀子一枚 木綿六両 麻六両
庸布一段 鍬一口 鹿皮一張
酒四升 米四升 稲四把
鰒六両 堅魚六両 雑腊六両
塩四合 海藻六両 滑海藻六両
食薦一枚 薦一枚 坏二口
盤二口 匏一柄 柏五把枚手廿枚料。
楉二枝長各一丈。
-怠諸祭祀及斎日祝祢宜并預神戸諸禁者。宜輸物如右。
以前右大臣偁。承前事有罪。善悪二祓-科一条例已繁。輸物亦多。事仍今改張立件。其殴傷若重者。祓浄之外依罪。斎外闘打者依科決。不又祝祢宜等与闘打及他犯者先即決罰。神戸百姓者行斎之外決法。奏聞。奉 勅。請。
延暦廿年五月十四日

『日本後紀』大同元年8月庚午(10日)条(806)

中臣忌部両氏各中臣氏云。忌部者。本然則不忌部幣帛使忌部氏云。奉幣祈祷。是忌部之職也。然則忌部幣帛使中臣使彼此相論。各有拠。是日勅命。日本書天照大神天磐之時。中臣連遠祖天児屋命。忌部遠祖太玉命。天香山之五百箇真坂而上枝八坂瓊之五百箇御中枝八咫下枝青和幣白和相与者。然則祈祷中臣忌部並又神祇令云。其祈年月次祭者。中臣忌部践祚之日。中臣天神寿忌部神璽鏡六月十二月晦日大祓者。中臣御祓東西文部訖。中臣常祀之外。者。皆五位以上卜食之。常祀之外。奉幣之使。-用両自余之事。専

『類聚国史』9(神祇9神今食)・弘仁5年6月己丑(14日)条(814)

神今食於神祇聖体不也。

『類聚国史』9(神祇9神今食)・弘仁8年2月丙申(6日)条(817)

神祇官言。祈年月次等祭日。諸社祝部等。事-集祭神。而比年之間。未仍幣帛一百卌二褁。諸官伏望。宝亀六年頒幣之日。不参祝部。不有位無一切還本。許之。

『日本紀略』弘仁11年2月甲戌朔条(820)

詔曰。云々。其朕大小諸神事。及季冬-幣諸元正受袞冕十二朔日受朝。同聴政。蕃国使奉幣及大小諸会。則黄櫨染皇后助祭之元正受鈿釵礼大小諸会之皇太子祀及元正朝袞冕九朔望入朝。元正群官若宮臣及大小諸会。可黄丹並常所者。不

『本朝月令』・6月11日月次祭事所載『弘仁式』(820)

弘仁式云。凡六月十二月十一日月次祭。奉大臣以下神祇祈年其応神今食及大小斎中納言已上一人。参議一人。散斎之日。外記録名。神祇卜。但次侍従五位已上。中務輔神祇卜定。訖即並中務奏。其諸司六位已下女孺等。致斎之日。本司各宮内外記史等名召付。即神祇官卜。宮内訖各帰沐浴。晡後入-奉其
(略)
弘仁神祇式云。神今料云々。右供御雑物。各内膳主水等神祇官人神部朝夕両搬。-入内-奉其
神祇祝式云。六月月次祭十二月准此。
集侍神主祝部等諸聞食宣。高天原神留坐皇睦神漏伎命。神漏弥命以。天社国社称辞竟奉皇神等前。今年六月月次幣帛。十二月者今年十二月月次明妙。照妙。和妙。荒妙備奉。朝日豊栄登。皇御孫命宇豆幣帛称辞竟奉久止宣。大御巫辞竟奉皇神等神魂高御魂生魂足魂玉留魂大宮売御膳都神辞代主御名者白。辞竟奉者。皇御孫命御世。手長御世。堅磐常磐奉。茂御世幸閉奉故。皇吾睦神漏伎命。神漏弥命。皇御孫命宇豆幣帛称辞竟奉久止宣。座摩巫辞竟奉皇神等生井栄井津長井阿須波々比伎御名者白。辞竟奉者。皇神敷坐下都磐根宮柱太知立。高天原千木高知皇御孫命瑞御舎仕奉。天之御蔭日之御蔭隠坐。四方国安国知食須故。皇御孫命宇豆幣帛称辞竟奉久止宣。

『類聚国史』9(神祇9神今食)・天長7年12月辛亥(11日)条(830)

皇帝神今食神嘉殿払暁還宮。

『類聚国史』9(神祇9神今食)・天長8年6月丁丑(11日)条(831)

皇帝神今食也。

『令義解』2(神祇令)季夏条・月次祭(833)

謂。神祇官祈年同。即庶人宅神也。

『続日本後紀』承和3年6月戊申(11日)条(836)

天皇神嘉殿

『続日本後紀』承和12年6月丙戌(11日)条(845)

神今食也。天皇熱悶。不神嘉殿所司行事。

『文徳天皇実録』嘉祥3年6月庚午(11日)条(850)

帝不神嘉殿所司奉祭

『文徳天皇実録』斉衡元年6月甲寅朔条(854)

大和国金峯於相嘗月次并神今食也。

『文徳天皇実録』斉衡元年6月甲子(11日)条(854)

帝不神嘉殿所司奉祭

『文徳天皇実録』斉衡元年12月甲寅(3日)条(854)

木工頭正五位下石川朝臣長津-死於寮月次并神今食等神事下二長津者。中納言正三位兼宮内卿豊成之孫。正四位上武蔵守河主之子也。弘仁十年三月内舎十二年二月右京大十三年六月修理大閏九月民部大十四年正月遷為皇太后宮少四月従五位五月大和天長八年七月木工九年正月従五位承和十年三月加賀嘉祥二年十一月正五位仁寿二年二月木工卒時年七十。長津性能工巧。恪勤為宗。故頻先父文書数千巻。-蔵一他。死後-滅何

『類聚三代格』1(祭并幣事)・斉衡2年5月21日官符(855)

太政官符
祈年月次新嘗等祭
神祇官偁。武蔵。下総。安房。常陸。若狭。丹後。播磨。安芸。紀伊。阿波等国神社幣。祝部受取供而頃年緩怠曽斯固程途遼遠往還難渋之所也。望請。差使奉。 官者。右大臣宣。奉 請。但自以後。貢調大帳等使之。官長斎敬躬
斉衡二年五月廿一日

『文徳天皇実録』斉衡2年6月戊子(11日)条(855)

帝不神嘉殿所司奉祭

『文徳天皇実録』斉衡2年12月丁卯(11日)条(855)

帝不神嘉殿所司奉祭

『文徳天皇実録』斉衡3年6月壬午(11日)条(856)

帝不神嘉殿所司奉祭

『文徳天皇実録』斉衡3年12月庚辰(11日)条(856)

帝不神嘉殿所司奉祭

『日本三代実録』貞観元年6月11日乙未条(859)

月次神今食祭。並神祇事。親王公卿参会。所司供常。

『日本三代実録』貞観元年12月11日壬辰条(859)

月次神今食祭常。

『日本三代実録』貞観2年6月11日庚寅条(860)

神祇月次夜帝不神嘉殿便神祇神今食

『日本三代実録』貞観2年12月11日丙辰条(860)

神祇月次神今食親王公卿参会行事。

『日本三代実録』貞観3年6月11日甲寅条(861)

月次祭神今食帝不神嘉殿親王公卿神祇事。

『日本三代実録』貞観3年12月11日庚戌条(861)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿供

『日本三代実録』貞観4年6月11日戊申条(862)

晨。月次祭。夜。神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿神祇祭。

『日本三代実録』貞観4年12月11日乙巳条(862)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿神祇祭。

『日本三代実録』貞観5年6月11日壬寅条(863)

月次并神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿神祇奉幣如常。

『日本三代実録』貞観5年12月11日己巳条(863)

月次并神今食祭。天皇不神嘉殿所司奉祭如常。

『日本三代実録』貞観6年6月11日丙寅条(864)

月次并神今食祭。親王公卿神祇奉祭如常。

『日本三代実録』貞観6年12月11日甲子条(864)

月次并神今食祭。天皇宮内親奉祭。

『日本三代実録』貞観7年6月11日庚申条(865)

月次并神今食祭。天皇不神嘉殿下二親王公常。

『日本三代実録』貞観7年12月11日戊午条(865)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿所司奉祭如常。

『日本三代実録』貞観8年6月11日甲申条(866)

月次祭神今食也。-祓於建礼門

『日本三代実録』貞観8年7月5日丁未条(866)

月次祭神今食祭於神祇去六月十一日因停止。仍今日修焉。

『日本三代実録』貞観8年12月11日壬午条(866)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿行事。

『日本三代実録』貞観9年5月29日丁卯条(867)

六月十一日可月次神今食之而宮城京邑病苦死喪者衆。仍-祓於朱雀門

『日本三代実録』貞観9年6月11日戊寅条(867)

神祇月次神嘉殿神今食親王公奉祭。

『日本三代実録』貞観9年8月2日戊辰条(867)

勅。伊勢国伊佐奈岐伊佐奈弥神。改宮。月次内人一

『日本三代実録』貞観9年12月11日丙子条(867)

月次神今食祭常。天皇不神嘉殿親王公奉祭。

『日本紀略』貞観10年6月11日癸酉条(868)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿奉祭。

『類聚三代格』1(科祓事)・貞観10年6月28日官符(868)

太政官符
-祓祈年月次新嘗祭不五畿内近江等国諸社
右撰格所起請偁。太政官弘仁八年二月六日符偁。神祇官偁。件等祭日諸社祝部等。理之前-集官而比年祝部等怠慢再三教導習慎。使幣帛一百卌二褁収太政官去宝亀六年六月十三日偁。右大臣宣。頒之日祝部不参。以後不若不早解者。望請不有位無者。右大臣宣。奉勅。奉詢之礼務闕怠之徒実-曲所-示要-悟愚若猶不慎。解却還者。今一度伏望先者。中納言兼左近衛大将従三位藤原朝臣基経宣。奉 勅。請。
貞観十年六月廿八日

『日本三代実録』貞観10年12月11日庚午条(868)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿王公行事。所司供祭如常。

『日本三代実録』貞観11年6月11日丁酉亥条(869)

月次神今食祭下二親王公卿於神祇

『日本三代実録』貞観11年12月11日甲午条(869)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公事。

『日本三代実録』貞観12年6月11日壬辰条(870)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公奉祭。

『日本三代実録』貞観12年12月11日戊子条(870)

月次神今食祭。天皇神嘉殿親奉幣祭。

『日本三代実録』貞観13年6月11日丙戌条(871)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿下二親王公祀。

『本朝月令』・6月11日神今食事所載『貞観式』(871)

貞観官式云。前式。凡六月十二月云々。神今食。大嘗小斎中納言已上一人。参議一人云々。今案。親王一若中納言已上。者。参議二前式。凡六月十二月晦日。宮城南路大祓。大臣已下。五位已上。幄下云々。今案。立停止。式部

『日本三代実録』貞観13年12月11日壬子条(871)

神祇月次神今食親王公卿行事。

『日本三代実録』貞観14年6月11日庚戌条(872)

天皇不神嘉殿所司宮内月次神今食

『日本三代実録』貞観15年6月16日己酉条(873)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿行事。今月十一日大膳職犬死也。

『日本三代実録』貞観15年12月11日壬寅条(873)

神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿行事。

『日本三代実録』貞観16年6月14日庚午条(874)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿。奉事。去十一日大膳職犬死。由

『日本三代実録』貞観16年12月11日乙丑条(874)

右近衛府失火之月次神今食-祓於建礼門

『類聚三代格』1(祭并幣事)・貞観17年3月28日官符(875)

太政官符
-送税帳大帳朝集等使諸社不祈年月次新嘗等祭幣
神祇官偁。件等祭幣帛。祝部-置官斉衡二年五月廿日偁。武蔵。下総。安房。常陸。若狭。丹後。播磨。安芸。紀伊。阿波等国不幣帛。自以後。貢調大帳等使者。而貢調使不但税帳大帳朝集使等為来着。今外国諸社不幣帛可大帳使畿内祝部不幣帛未望請。畿内外国不幣物同件三箇使班送。但之日不祝部者。先科若猶不悛。 官者。右大臣宣。依請。
貞観十七年三月廿八日

『日本三代実録』貞観17年6月11日壬戌条(875)

月次神今食祭。帝親王公卿神嘉殿

『日本三代実録』貞観17年12月11日庚申条(875)

月次神今食是。今月六日左近衛府人死。神祇官-汚其-祓於建礼門

『日本三代実録』貞観18年6月11日丙辰条(876)

月次并神今食内裏也。-祓於建礼門

『日本三代実録』貞観18年12月11日甲寅条(876)

月次神今食祭。天皇不御。所司神祇致祭。親王公卿供奉如常。

『日本三代実録』元慶元年6月11日庚辰条(877)

月次并神今食祭。公卿神祇而行事。

『日本三代実録』元慶元年12月11日丁丑条(877)

月次并神今食祭。天皇神嘉殿供祭如常。

『日本三代実録』元慶2年6月11日乙亥条(878)

月次并神今食祭。時論以為。出羽飛駅是。天皇不丙下公卿不神祇-

『日本三代実録』元慶2年12月11日壬申条(878)

月次神今食祭。中院犬死。仍天皇不神嘉殿公卿神祇事。

『日本三代実録』元慶3年6月11日庚午条(879)

月次神今食祭。天皇神嘉殿親奉祭。

『日本三代実録』元慶3年12月11日丙申条(879)

月次神今食祭神祇之。内裏犬死也。

『日本三代実録』元慶4年6月11日癸巳条(880)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿所司神祇事。是。弁官犬死故也。

『日本三代実録』元慶4年12月11日庚寅条(880)

月次神今食太上天皇崩日也。

『日本三代実録』元慶5年6月11日丁亥条(881)

月次神今食祭。並神祇事。

『日本三代実録』元慶5年12月11日乙酉条(881)

月次神今食神祇事。所司供祭如常。

『日本三代実録』元慶6年6月11日壬午条(882)

月次神今食祭神祇事。天皇不神嘉殿今月六日。内裏犬也。

『類聚三代格』1(祭并幣事)・元慶6年9月27日官符(882)

太政官符
下二山城国- 伊勢大神幣帛使
神祇官偁。謹云。 伊勢大神九月十一日神嘗祭。并二月四日祈年。六月十二月々次祭。及臨時幣帛使等。之日左右京職主典以上坊令兵-迎外於京近江。伊賀。伊勢等国毎目以上一人郡司健児相迎祗承者。而今出近江望請。下二件国-承境 官者。大納言正三位兼行民部卿藤原朝臣冬緒宣。奉 請。者。罪貞観四年十二月五日
元慶六年九月廿七日

『日本三代実録』元慶6年10月27日丙寅条(882)

勅。山城国司。令-伊勢大神宮使是。神祇官言。伊勢大神宮九月十一日神嘗。二月四日祈年。六月十二月々次等祭及臨時幣使。之日。左右京職主典以上。坊令兵-迎外-出京近江。伊賀。伊勢等国。毎目以上一人。郡司健児相迎祗承。而出近江国人祗望請。下二山城国相迎祗之。

『日本三代実録』元慶6年12月11日己酉条(882)

月次神今食祭。並神祇事。天皇不神嘉殿内裏犬也。

『日本三代実録』元慶7年6月11日乙巳条(883)

神祇月次神今食常。天皇不神嘉殿内裏犬也。

『日本三代実録』元慶7年12月11日癸卯条(883)

月次神今食-祓於建礼門

『日本三代実録』元慶7年12月14日丙午条(883)

神祇月次神今食十一日須而十一月十日内裏人死。今月十日卅日之十日是祭前散斎之又今月五日豊楽院北人死。故延而行之。

『日本三代実録』元慶8年6月11日庚子条(884)

月次神今食祭。天皇神嘉殿親供焉。

『日本三代実録』元慶8年12月11日丁酉条(884)

神祇月次神今食内裡犬産故。天皇不神嘉殿公卿行事。

『日本三代実録』仁和元年6月11日甲子条(885)

月次神今食祭。如常。天皇神嘉殿親奉祭。

『日本三代実録』仁和元年12月11日辛酉条(885)

月次神今食祭常。昨日内裏犬産之是。天皇不神嘉殿親王公卿神祇事。

『日本三代実録』仁和2年6月11日己未条(886)

月次祭。公卿神祇事。夜天皇神嘉殿神今食

『日本三代実録』仁和2年12月11日乙卯条(886)

月次神今食祭。天皇不神嘉殿親王公卿神祇事。

『日本三代実録』仁和3年6月11日癸丑条(887)

禁中孕婦胎傷是。月次神今食焉。

『日本三代実録』仁和3年6月14日丙辰条(887)

去十一日。依月次神今食内裏婦人胎傷之仍随停止。但胎孕之後。未是以。今日欲月次神今食祭内蔵寮忽然犬死故。-祓於建礼門

『日本紀略』仁和4年12月11日甲戌条(888)

豊楽院死神今

『日本紀略』寛平元年6月11日辛未条(889)

月次祭神祇之。神今食宮内之。

『類聚三代格』1(祭并幣事)・寛平5年3月2日官符(893)

太政官符
-祀四箇
二月祈年六月十二月々次。十一月新嘗祭等者。国家之大事也。欲歳災不起。時令度。神。京畿外国大小通計五百五十八社。因而敬惟疎簡。礼姧濫雲集。至老少拏攫。徒陳設之供神之祢宜祝部神祇而件等人無或雇自参躬受頑愚之輩-贖神神霊之祟職此之由。凡祭之礼。神主祢宜祝其斎而不-略神唯神主等之還又斎官不之所也。中納言兼右近衛大将従三位行春宮大夫藤原朝臣時平宣。奉 勅。以後。京内諸社。所諸司殊畿内外国当国官長相共監臨。祭祀之日必若祭事不慎。監察有者。官司之重神主祢宜祝部等科職。貞観十年六月廿八日
寛平五年三月二日

『日本紀略』寛平6年6月11日壬寅条(894)

月次祭

『類聚三代格』1(祭并幣事)・寛平6年11月11日官符(894)

太政官符
二月祈年六月十二月々次祭国司一人祢宜祝部神祇-取幣帛
-取幣之状。去年三月二日符五畿内七道諸已畢。今聞。国司緩怠不勤。祝部疎略無慎。中納言兼右近衛大将従三位行春宮大夫藤原朝臣時平宣。奉 勅。国之大事莫畿内并近江。紀伊等国。国司掾目若史生品官之中謹厚恭敬者一使祢宜祝部神祇-取幣帛即便毎如法慎々畢之状差使言上。若又其見参祝部交名者前一日使者進官。以後立
寛平六年十一月十一日

『日本紀略』寛平6年12月11日己亥条(894)

神今食真言院停止。

『日本紀略』寛平9年6月11日乙卯条(897)

神今食右大臣

『日本紀略』昌泰元年6月11日己酉条(898)

月次祭神今食。天皇

『日本紀略』昌泰3年12月11日乙丑条(900)

神今食参議二人

『令集解』7(神祇令)季夏条・月次祭

謂。神祇官祈年同。即庶人宅神也。釈及古記無。朱云。月次祭六月十二月大各異也。

『儀式』1・2月4日祈年祭儀

二月四日祈年祭儀。六月十二月十一日月次祭儀亦同。
十五日。月次五日。忌部八人。鍛工。共作。木工各二供神調但靱者靱編氏造之。神祇官忌部官一人監造。若官内忌部官及神部之中忌部不者。-取諸司氏之。其潔衣料衣。人別二丈七尺。官人細布一端。一人白米二升。酒六合。五位一升。鮨三両。五位五両。東蚫。烏賊。煮堅魚各二塩二勺。五位五勺。海藻二両。但鍛工。共作。木工者不潔衣及其日卯四刻。月次祭六月卯一刻。十二月辰一刻。所司-備庶神祇官幣物於斎京職白鶏一近江国豚一頭。月次鶏。次神祇官人御巫西舎東面北上。大臣以下入門内大臣西東面。参議以上西面。著紫。五位以上門外東西面。外記史生。召使西東面重行。外記庶事弁畢之共起北舎大臣南面。参議以上西面。諸王東面。並北上。其大臣参議以上東砌。諸王西砌。大臣使二声。召使称唯。進大臣宣。式部刀祢奉。召使称唯。出命云。式部刀祢奉宣。輔称唯。南舎北面東上。御巫降西舎前庭左右馬寮各廿一疋。寮別十疋。南舎東月次祭左右各二疋。神祇官掌二人祝部西舎南神祇官人降舎前大臣以下及諸司共降舎前中臣進一段祝部称唯。読訖中臣退出。神祇官拍両段。次大臣以下。五位以上。次諸司主典以上。次祝部。並然後皆伯命史。史二人共称唯。各取案西東向。忌部二人神部二進夾立。史以御巫及諸神各称唯。神部執之。太神宮幣帛者差使之。伯命云。縦。史共称唯。訖大臣以下以退出。

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