有賀 長雄∥アルガ ナガオ  元老院書記官 ・ 枢密院書記官 ・ 国学者


〔生没年〕 万延元年(1860)10月1日~大正10年(1921)6月17日 〔享年〕62

〔活動地〕 大坂 : 大阪府
〔その他活動地〕 東京 : 東京都

〔墓地〕 青山墓地







【 解説 】


 国学者。有賀長隣の長男として生まれる。大阪英語学校、開成学校を経て東京大学卒業。その後大学校編集掛を命じられ、日本社会史を編纂してそれと同時に準助教授に任じられた。また元老院書記官に任じられ、その後も枢密院書記官や総理大臣秘書官等をはじめ顕官を歴任。また、日本赤十字社万国総会にも数回出席、ハーグでの万国平和会議にも出席し勲3等に叙された。文学・法学博士。
 東京大学の文科を卒業後、欧州へ留学してベルリン大学で日本社会史を教授、自らもヨーロッパ文明史や心理学を修め帰朝した。帝国憲法発布の前月に著した『国家学』は、国法学者としての地位を確固なものとした。その後早稲田大学教授や評議員などを兼任。そのほか帝室制度調査局の主事を務め、日露戦争の際には国際法顧問として日本軍の旅順攻撃に従軍。戦後、3度に亘ってヨーロッパに遊学し、『日露戦役国際法論』を著した。大正2年には袁世凱の招聘を受け、大総統法律顧問として在職。長雄のなした研究は、近代日本の国運の進展に附節するものであった。前記の他にも法律や歴史に関する著述を多く記し、『近時外交史』『戦時国際公法』『万国戦時公法』『大日本歴史』などがある。

(参照:国学者伝記集成. 続編、 日本人名大事典. 第1巻、 国史大辞典. 第1巻)


【 年譜 】


万延元(1860)有賀長隣の長男として生まれる。
明治15(1882)東京大学文科を卒業し、大学校の編集掛となる。
明治17(1884)元老院書記官に任命される。
明治19(1886)欧州留学に出立し見聞を広める。
明治20(1887)帰国。
明治30(1897)法学博士となる。
明治44(1911)文学博士となる。
大正2(1913)袁世凱の招聘を受け、大総統法律顧問に就任。



【 出典 】



 〔関連文献〕

名家筆蹟考. 上,下巻 / 森繁夫. -- 横尾勇之助, 1928


 〔事典・伝記〕

和歌文学選 / 神野志隆光. -- 和泉書院,1984
国史大辞典. 第1巻 / 国史大辞典編集委員会. -- 吉川弘文館, 1979


 〔地方自治体史誌〕

東区史. 第5巻 / 大阪市東区. -- 復刻版. -- 清文堂出版, 1982

( 和学者総覧:538、 国学者伝記集成. 続編 )