色川 三中‖イロカワ ミナカ  薬種業 ・ 醤油醸造業 ・ 国学者


〔生没年〕 享和2年(1802)〜安政2年(1855) 〔享年〕54

〔生国・住国〕 常陸土浦 : 茨城県土浦市

〔墓地〕 土浦城南神龍寺



〔学統〕 橘守部

〔名〕英明 〔称〕桂助・三郎兵衛・弥三郎 〔号〕東海・瑞霞園


【 解説 】


 常陸土浦の豪商色川英恵の男として生まれる。家は薬種業・醤油醸造を営む豪商だが、家業は不振で、青年時はその再興に努めた。再興後は家業を弟に譲り、専ら学事・書籍の蒐集、生徒の教育に専念した。
 天保7年、橘守部に入門。国史・古典の研究に精励し、田制・税制・度量衡の研究と古文書の収集・編纂にすぐれた業績をあげ、著述には『検田考証』『田令図解抄』『租庸調考』『香取文書纂』『続常陸遺文』『常総遺文』などがある。また和歌を嗜み、古今調の和歌を詠んだ。蔵書も1万余巻といわれる。たびたび江戸へ赴いて当時有志の国学者と交わり、とくに黒川春村・塙忠宝・山崎知雄らと親交があった。佐久良東雄ら門人も多かった。

(参照:国学者伝記集成. 第2巻. 続編)


【 年譜 】


享和2(1802)常陸土浦の豪商色川英恵の男として生まれる。
天保7(1836)橘守部に入門。
天保15(1844)【成立】常陸国行方郡諸家文書《ひたちのくになめかたぐんしょけもんじょ》
嘉永元(1848)【成立】香取古文書目録《かとりこもんじょもくろく》
嘉永4‐5(1851‐2)【成立】妙興寺文書《みょうこうじもんじょ》
安政元(1854)【成立】量品便覧《りょうひんべんらん》



【 出典 】



 〔関連文献〕

常総古今の学と術と人 / 大内地山. -- 水戸学塾, 1935
国学者雑攷 / 丸山季夫. -- 丸山泰, 1982


 〔事典・伝記〕

名家筆蹟考. 上,下巻 / 森繁夫. -- 横尾勇之助, 1928
贈位諸賢傳. 上巻 / 田尻佐編. -- 増補版. -- 近藤出版社, 1975
日本人名大事典. 第1巻. -- 平凡社, 1979
国史大辞典. 第1巻 / 国史大辞典編集委員会. -- 吉川弘文館, 1979
茨城県大百科事典 / 茨城新聞社. -- 茨城新聞社, 1981.11
和歌大辞典 / 犬養廉. -- 明治書院, 1986


 〔地方自治体史誌〕

土浦市史 / 土浦市史編さん委員会. -- 土浦市, 1975
近世土浦小史

( 和学者総覧:1365、 国学者伝記集成. 第2巻・続編 )