植村 禹言∥ウエムラ ノブコト  地誌作者 ・ 国学者


〔生没年〕 ? ~天明2年(1782)2月27日 〔享年〕

〔活動地〕 大和添下郡 : 奈良県奈良県郡山市の大部分、奈良市西部、生駒市北部




〔姓〕勝〔名〕禹 〔字〕子兪 〔号〕琶山


【 解説 】


 地誌作者。生年未詳。大和添下郡匹田村の人。旅を好み、地誌に精通した。その伝の詳細は不明。
 博く地理の事に通じ、『広大和名勝志』の著書がある。また、本居宣長の『玉勝間』のなかに、禹言に関する記述があり、荒木田久老の大和河内旅路の記にも『広大和名勝志』についての記述がある。また己巳・庚午・丙子・乙未の紀行、『但馬国大絵図』、『志摩志紀伊志』、『日本紀伊国誌』補などの著作がある。

(参照:国書人名辞典. 第1巻、 国学者伝記集成. 続編)


【 年譜 】


安永4(1775)【成立】乙未紀行〈安永4〉《いつびきこう》
寛延2(1749)【成立】己巳紀行〈寛延2《きしきこう》
寛延3(1750)【成立】庚午紀行〈寛延3〉《こうごきこう》
寛延‐安永間(寛延‐安永間)【成立】己巳庚午丙子乙未紀行《きしこうごへいしいつびきこう》
宝暦6(1756)【成立】丙子紀行《へいしきこう》



【 出典 】



 〔事典・伝記〕

大和人物志 / 奈良県. -- 名著出版,1974.


( 和学者総覧:1578、 国学者伝記集成. 続編 )