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ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> a. 調査 >> グループ2「神道・日本文化の形成と発展の研究」
古代朝鮮半島における都市と境界の異文化間交流と祭祀・祭儀に関する調査 
公開日: 2004/7/26
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  供/斉察ζ本文化の形成と発展の研究グループ

(1)調査者

    鈴木靖民 國學院大學大学院文学研究科教授   
    佐藤長門 國學院大學文学部助教授
    山崎雅稔 國學院大學21COEプログラム研究員

(2)現地協力者  

    近藤浩一 東京大学大学院人文社会系研究科
                   韓国朝鮮文化研究専攻
    李 永植 仁済大学校加耶文化研究所所長


(3)調査地

  慶尚南道金海市鳳凰台遺跡
  慶尚南道咸安郡城山山城遺跡
  忠清南道扶余郡泗沘城址

(4)調査期間

   2004年6月7日〜6月12日   
   

(5)調査の目的
 都市の形成は、人間の社会が文明化を遂げていくそのプロセスを追ううえで、定住と農耕、あるいは金属・文字の使用と並んで重要な指標となる。都市とはもとより、自然発生的に突如として形成された人間の集住のかたちなのではなく、支配や軍事、交易など複合的な目的のもとに、自覚的・計画的に築かれる傾向をもっている。古代の朝鮮半島や日本地域では、中国の影響を受けて、各々の基層社会のうえに中国的な文化様相をもった都市が形成されたが、そこではつねに新しい異文化とそれまでの社会・文化との間に生じる緊張関係、衝突、文化融合、共存、破壊が認められる。近年の韓国における考古学調査の成果によって、都市遺構からは、宮殿跡、道路跡、手工業生産関係遺跡、住居跡に混じって、少なからず祭祀に関係する遺跡・遺物の出土が報告され、それにともない、『三国史記』や『三国遺事』など中世に編纂された文献に記録された朝鮮古代の祭祀の様相の究明も進んでいる。
 東アジア異文化間交流史プロジェクトでは、都市空間における祭祀の歴史的展開について、韓国における最新の研究成果を踏まえて、日本との比較研究を行なうため、上記3つの地域を選び、各地を調査するとともに、調査担当者や専門の研究者の意見聴取につとめることにした。

(6)調査の概要と意義

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 日本とも最も交流の深かった金官加耶の故地に位置する金海市鳳凰洞には、2世紀〜6世紀の集落遺跡が分布する。穀神に対する祭祀と関連するといわれる高床式建物のほか、金官加耶の王が天を祀る儀式を行ったと伝えられる「天壇」がある。また7世紀後半以降には、新羅が小京を敷設したことが知られ、近接した地域からは国学での教学に使用したと言われる『論語』が書かれた木簡が出土している。
 金官加耶は、538年に新羅によって併呑され、その王族は新羅の王都に移住したと言われていた。ところが、鳳凰洞遺跡では、5世紀から7世紀にかかる都市的な様相をもつ遺構が検出され、文献記録にはとどめられることのなかった新しい事実が明らかになりつつある。
 今回の調査では、仁済大学校加耶文化研究所所長の李永植氏の案内を受けて、この地域の加耶勢力が滅びたあとの新しい交流の展開の一端を確かめるとともに、周辺の城山貝塚・漁防洞遺跡など古代遺跡を踏査して、どのような場所に生活の場や地域支配の拠点が形成されたのかを確認した。『三国遺事』収載の「駕洛国記」には、金官加耶の王宮の遷地や山霊・海神などに対する祭祀記事があり、帰国後、調査にもとづいてこれらの記事の再検討を行なっている。
 
慶尚南道咸安郡城山山城遺跡

 咸安市は三国時代に安羅国があった地域であり、倭製とも推測されている内行花文鏡を含む遺物を出土した城山遺跡(製鉄遺構を含む)などがあり、日本列島とは鉄の交易で結ばれていたことで注目されている。城山山城遺跡は、今年度から本格的な調査がはじまった遺跡であり、これまでの基礎調査によって、多くの木簡が出土したことで注目されている。それらの木簡には、「一伐」「上干支」などの新羅の外位の記載があることから、山城はこれらの官位が新羅で使用された551年〜561年頃にかけて築かれた軍事施設であることが知られる。6世紀半ばに至り新羅は安羅国に侵攻し、その地に百済や加耶地域のその他の勢力との戦争に備えた山城を築いたとみられている。また木簡群に刻された内容は、安東や義城など、山城から遠く離れた慶尚北道・忠清南道地域の地名記載があり、各地域から雑穀のヒエなどが移送された事実が看取される。いわば、これらの出土文字史料は、もともと慶州盆地一帯の小領域の支配者に過ぎなかった新羅の、領域拡大に伴う辺境支配、換言すると、新羅の異文化・他民族支配の一端を窺わせる貴重な史料である。日本の古代において、城山山城と同じく辺境に設置された軍事・行政施設としては、帰順した蝦夷に対する饗応儀礼の痕跡が発見された秋田城や郡山遺跡、令制において諸外国の饗宴・南九州諸勢力の恭順の儀礼に携わることが規定されている大宰府などがそれにあたる。
 今回の調査では、城山山城遺跡を訪問し、発掘調査の現況を知るとともに、今年新しく開館した咸安博物館を訪問し、木簡の文字に対する検討を行なった。また同博物館学芸研究士の白承玉氏のレクチャーにより、咸安地域から出土した土器に窺われる祭祀の様相について検討する機会を得た。
 
C蘋尭酘刺淪招丸沘城址   
 660年に滅亡した百済の最後の根城でもあった泗沘城遺跡は、これまでの調査により、道路区画や宮殿跡などと共に、棟持式建築による神殿風の遺構が検出されている。例えば報告書では、日本の伊勢神宮正殿との構造比較が行われている。その他、祭祀行為に関わる地鎮具や壺などの埋納遺構、印刻・線刻紋土器、土製の動物ミニチュア・木製人形などの遺物が出土している。
 また、泗沘城に関しては、『三国遺事』前百済条に農耕祭祀との関連を窺わせる宮南池の竜神信仰、百済王権の原初形態の窺わせる「政治岩」の伝承などが見いだされ、陵寺などの仏教寺院跡も多く分布している。新しく流入し盛行した仏教文化の展開とともに、扶余の固有信仰や百済王権の扶余遷都以前の宗教・祭祀の変容の一端を明らかにすることが課題となる。
 今回の調査では、国立扶余博物館の学芸研究士の盧希淑氏の案内をうけて、泗沘城東門址、同羅城址、軍守里出土官衙・祭殿遺構出土地を踏査し、あわせて羅城に隣接して造営された陵寺址から出土した木簡の分析・研究を公表している東京大学大学院の近藤浩一氏の案内により陵寺址木簡の出土状況と木簡に刻された寺院運営や祭祀に関わるとみられる文字の内容や、男性性器を形容した形状の木簡の解釈についてレクチャーを受けた。
 木簡は泗沘城の外郭をなす羅城の造営と関わる可能性をもつが、そこに窺われる祭祀が百済文化のなかでどのような位相にあるのか、今後の検討が必要であると思われた。祭殿に関しては、昨年新羅の王都であった慶尚北道慶州市からもそれとみられる遺構が出土している。これらの比較分析を通して、古代朝鮮の祭祀の様相をより具体的に明らかにされることが期待される。

[その他]
じ州市丹芝里遺跡
 今年度初めに報道され、古墳時代の日本の墓制との相互影響や、日本との交流を考えるうえで注目される公州市丹芝里遺跡の現地踏査を実施した。同遺跡からは、百済中期(熊津時代)の石槨墓、百済後期(泗沘時代)の横穴墓群が出土しており、これまで6世紀代の朝鮮半島では横穴墓は築造されていないと考えるのが一般的であったことから、被葬者は当時百済王権と深く関わった倭人の可能性があるとするのがひとつの有力な見解である。平成14年度・15年度に全羅南道地域に分布する前方後円墳の調査施したが、これらの性格を新しい視角から考察するうえでも重要な遺跡であり、予定していたソウルでのロビー活動を変更して踏査を実施した。

コぞ絏δナ飮研究会会長・金文経氏との面会
 前年度から継続的に研究協力について協議してきた張保皐研究会の会長・金文経氏とソウル市で面会し、研究会側の共同研究協定の内容について話し合いを行なった。

(7)今後の課題
 当プロジェクトは、神道・日本文化の形成と発展の研究グループの中でも、特に東アジアと日本の異文化間交流史を歴史具体的に実地調査にそくして研究することを目標としている。日本の古代・中世における神道・日本文化の大きな特質を外来文化の受容・影響を考える上で、中国と並んで朝鮮半島の祭祀・儀礼を幅広く調査・研究し、それ自体の実態を解明すると同時に、日本との交流・比較の視点から捉えることにより、日本文化の特色もより明らかになるであろう。前年の韓国における前方後円墳の調査研究、その葬送儀礼、死生観、宗教思想に対する認識とともに、さらに古代の都市に展開した様々な文化を現地踏査の上に、研究会などを通して関連する資料を検討し、日本文化との接点をさらに追求することが引き続き今後の課題である。
                               
文責 鈴木靖民・山崎雅稔
 
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