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ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> a. 調査 >> グループ1「基層文化としての神道・日本文化の研究」
國學院大學折口博士記念古代研究所所蔵・折口博士石垣島民俗写真の調査 
公開日: 2004/12/16
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    國學院大學折口博士記念古代研究所所蔵・折口博士石垣島民俗写真の調査

1、調査名   グループ機ヾ霑慂顕修箸靴討凌斉察ζ本文化の研究
          國學院大學折口博士記念古代研究所所蔵・折口博士石垣島民俗写真の調査
2、期 日    平成16年11月5日(金)〜11月9日(火)
3、用務地   沖縄県石垣市(石垣島)
4、調査者   COE事業推進担当者 教授 小川直之
          COE事業推進協力者 國學院大學兼任講師・日本文化研究所共同研究員 長野隆之

5、調査内容  
 國學院大學折口博士記念古代研究所には、大正10年ならびに大正12年、昭和10年次に折口博士が沖縄県で行った民俗調査時撮影の写真が保存されている。その写真は現在確認できているものとして256カット、290点がある。写真の内容は、旧琉球国に顕著に見ることができる聖地信仰にかかる御嶽、女性神人であるノロ・ツカサを中心とした民俗信仰ならびに宮廷祭祀関係写真である。沖縄県は第二次世界大戦時に激しい戦災を受けるとともに、その後の変貌も激しく、大正時代・昭和初期写真はきわめて貴重なものである。世界遺産として登録された斎場御嶽などの解説にも、この写真の一部が利用されている。
 今回の調査では、こうした写真資料のうち、現石垣市(石垣島)南部地域で撮影された民俗写真(複製)を現地に持参し、撮影地の特定と現状調査を行うことで写真にかかる資料収集を行った。
        
 具体的な調査地は次の通りである。
 
石垣市旧石垣町(四ヶ)
 登野城 蔵元の火の神跡(中央政庁の火の神跡。現在の八重山支庁・八重山博  物館を含む一帯に蔵元があった。火の神は現在美崎御嶽に移転されていることを確認)、美崎御嶽、天川御嶽、小波本御嶽、登野城の石垣がある民家(アンガマ写真関係の景観)
 大川   大石垣御嶽
 石垣   宮鳥御嶽(四ヶ村創建神話を伝える御嶽)、桃林寺、権現堂、長田大翁主之霊、長田御嶽
 新川   真乙姥御嶽、真乙姥井戸、長崎御嶽

石垣市名蔵
  名蔵御嶽(於茂登岳をイビとして祀っていると伝える御嶽)

石垣市川平(節祭りの来訪神としてマユンガナスの行事がある)
  群星御嶽、山川御嶽、赤いろ目宮鳥御嶽、浜崎御嶽、底地御嶽

石垣市旧大浜村
  平得 大阿母御嶽(初代の大阿母である多田屋遠那理の墓がオン<御嶽>として崇敬されたもの)、地城御嶽、
   大浜 オヤケ赤蜂の旧跡、崎原御嶽、火の神御嶽、大石御嶽、黒石御嶽、カンヌカー(神の井戸)、「節願い」の参観

石垣市宮良
  外本御嶽、アダドゥーナー(降り井戸)、アンビドゥ(海岸洞窟)の所在

石垣市白保
  波照間御嶽(波照間島の人が白保に移転させられて郷里の阿底御嶽の神を勧請)、嘉手苅御嶽、真謝御嶽、真謝井戸

 今回調査を行った以上の地域は、折口博士は大正12年7・8月に調査を行いながら写真を残した地であり、折口博士の石垣島調査写真には蔵元の火の神、美崎御嶽、天川御嶽、小波本御嶽、宮鳥御嶽、桃林寺、権現堂、長田大翁主之霊、真乙姥御嶽、名蔵御嶽、波照間御嶽、登野城のアンガマなどがある。このほか宮良のアンビドゥなどは著作の中で触れられている。

6、調査成果 
 折口信夫は大正10年7・8月の沖縄調査の後、その成果をもとに『世界聖典外纂』(大正12年5月)に「琉球の宗教」を執筆する。この論文は「袋中大徳以来の慣用によつて、琉球神道の名で、話を進めて行かうと思ふ」という書き出しで始まる。そして、そのすぐ後に「内地の古神道と、殆ど一紙の隔てよりのない位に近い琉球神道は、組織立つた巫女教の姿を、現に保つてゐる」とし、琉球の王朝祭祀ならびに民間の民俗祭祀に本土の神道の古層を見いだしていくのである。ここでいう「神道」というのは具体的には御嶽崇拝、女人祭祀、家の神としての火の神祭祀、そしてニライカナイに代表される他界とそこから訪れる神々の観念であり、こうした信仰が王朝と民間に二重構造として存在していることを発見するのである。就中、この段階では御嶽崇拝とその祭祀にかかわる巫女(ノロ)、ニライカナイの観念に基づいて意識される神々の存在は大きな発見で、その後の、折口の学問形成の核となっていく。
  このような学問的な意味をもつ沖縄の御嶽などのうち、今回の調査では大正12年次の写真が残されている石垣島の御嶽を実見し、現状との対比によって撮影地を確認できたことは大きな成果だった。具体的には、一つには折口博士記念古代研究所の所蔵されている折口博士民俗写真の資料的な価値を高めることができたこと、もう一つには、このことによって日本における神観念形成をめぐる諸問題の検討材料の一つに、こうした学内資料を加えることができたことである。
  今次の調査では、御嶽写真などの現状調査が主であったが、大浜での「節願い」の参観を行うことができ、これを主祭するツカサ(沖縄本島のノロ)からの聞き書きを行うことができたのも成果であった。
  これらの成果は「基層文化としての神道・日本文化の研究」に関する基礎資料となり、さらなる調査研究を進めていきたい。
以上

(文責・小川直之)

大正12年の美崎御嶽の内部

大正12年の美崎御嶽

 平成16年11月の美崎御嶽とイビ

平成16年11月の美崎御嶽平成16年11月の美崎御嶽イビ



大正12年の天川御嶽の内部

大正12年の天川御嶽

 平成16年11月の天川御嶽とイビ

平成16年11月の天川御嶽平成16年11月の天川御嶽イビ


大正12年の名蔵御嶽とツカサによる祭り。図は折口の調査手帖から。

大正12年の名倉御嶽とツカサによる祭1折口の調査手帳


大正12年の名蔵御嶽とツカサによる祭2折口の調査手帖2



平成16年11月の名蔵御嶽

平成16年11月の名蔵御嶽















大正12年の名倉御嶽でのツカサの祭りと平成16年11月の同所。

大正12年の名蔵御嶽でのツカサの祭3平成16年11月の名蔵御嶽2
 
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