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ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> b. 研究会 >> グループ2「神道・日本文化の形成と発展の研究」
第9回 古代・中世の神道・神社研究会 
公開日: 2005/5/15
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※ 今回の研究会は、(い)古代神祇に関するデータベース(「神道・神社史料集成 <http://21coe.kokugakuin.ac.jp/db/jinja/> 」として既に公開中)についての研究会と、(ろ)神道の発展過程を研究する上で基準となる、信仰現状を把握するためのデータベース作成に関する研究会、を別個に実施した。この2つの研究会は、具体的な目的や成果が異なるため、報告もそれぞれ分けて記載していることをあらかじめご了承いただきたい。

(い) 古代神祇に関するデータベースについての研究会
1 開催目的

 本プログラムでは、文献史料を中心とした諸資料の分析によって、神祇・神社像を再構築することにねらいの1つを定めていた。古代著名神社の文献史料を集成した「神社資料データベース」を、平成14年度・15年度の事業推進によって完成させたのはその一環である。
 平成16年度もこれに引き続き、古代神祇のデータベースを作成した。これは、第6回古代・中世の神道・神社研究会の報告でその概要を示したように、古代神祇信仰の特性をわかりやすく示すべく、9つの検討項目に分けて文献史料を抽出し、さらにその基礎的な分析を試みた。
 この作業の最終段階に当たり、これまで本事業遂行に当たって知見を提供してきた外部研究者より、本事業にふさわしい史料分析の方法や、今まで集成された史料やその分析結果における改善すべき点の指摘を受け、公開に向けた最終的な作業方針や、次年度以降の詳細な事業計画を策定することを目的とする。

2 開催日時

 平成17年(2005)2月26日(土)14:00〜18:00

3 開催場所

 國學院大學院友会館

4 報告者・コメンテーター・司会(敬称略)

 報告者と内容
 (1)「神宮祭主再考」
  藤森 馨(国士舘大学)
 (2)古代神祇関係史料の分析結果報告
  加瀬直弥(21世紀研究教育計画嘱託研究員) 祭祀
  鈴木聡子(大学院文学研究科博士課程前期) 氏神祭祀
  永田忠靖(COE奨励研究員) 神職
  小林宣彦(COE奨励研究員) 神社・神社経済
  精園佳子(大学院文学研究科博士課程前期) 神仏関係
  根本祐樹(大学院文学研究科博士課程前期) 神郡
  横山直正(大学院文学研究科博士課程前期) 祟・穢

 コメンテーター
  山本信吉(大学院文学研究科講師)
  牟禮 仁(皇學館大学)
  笹生 衛(千葉県立安房博物館)
  川原秀夫(明和学園短期大学)
  小倉慈司(宮内庁書陵部)
  錦田剛志(島根県立博物館)

 司会
  岡田莊司(事業推進担当者)

※ なお、この研究会は上記15人によって開催された。

5 研究会の詳細

5-1 会の概要
(1)藤森氏発表「神宮祭主成立再考」について
 藤森氏は平成8年(1996)に、「神宮祭主成立の法的背景−天平宝字元年六月乙未制の有効性をめぐって−」を『大倉山論集』40号に発表し、これまでの定説を覆し、伊勢神宮の祭主が令外の官の宣旨職であることと、史料分析上祭主が弘仁6年(815)の大中臣淵魚の補任より前に遡り得ないことを論じた。
 本研究会では、発表後になされたいくつかの祭主に関する論考に対し、氏自身がいかなる見解を有しているかが示された。すなわち、
(1)祭主補任の特徴がいわゆる宣旨職全般のそれに当てはまるとし、さらに、原則的に公卿銓議を経ないで補任されるとする指摘があるが、この点は祭主の性格を考える上で看過できないものとして位置付けられる。
(2)敏達朝(572-585)に見られる「祭官」の職掌を受け継ぐ形で、天武朝(673-686)に臨時官として祭主が成立したという説に対しては、そもそも祭官を令制神祇官の前身と見ることに無理があり、その祭官から受け継がれたとされる、祈年・月次・神嘗の諸祭における祭主の職掌についても、そうした職掌は延暦23年(804)成立のいわゆる『延暦儀式帳』にも記されておらず、その後の『弘仁式』で始めて定められているため首肯しがたい。
(3)『官職秘抄』によって六位で祭主に任じられる可能性が読み取れるため、『二所大神宮例文』の記述に従い、天平12年(740)の中臣清麻呂神祇大祐補任を祭主補任の濫觴とする説があるが、その制作年代が『官職秘抄』『二所大神宮例文』よりも古い延喜雑式などでは、官位相当ではないものの五位以上を補任するよう定められている点と、信憑性の高い古記録に、歴代祭主が六位で補任された例は見られないという点を指摘し反論した。
 以上の点を述べた上で、祭主が補任され始めたことには、大同5年(810)の薬子の変が影響している可能性を指摘し、さらに天皇祭祀や神祇制度の変化との対応関係について示唆した。
 この藤森氏の発表に対しては、(1)延喜雑式の条文にかかわらず、祭主が六位で補任されうる余地はなおある。(2)令外の宣旨職は、天皇一代限りの職であり、あくまで除目職の補助である点(令外宣旨職の臨時職的な性格)に対する配慮が必要ではないか。(3)祭主設置の契機を薬子の変に置くことと、背景を、祭祀を天皇に近い官署で執り行おうとする傾向の一環として位置付けることには疑問がある。という批評者からのコメントが得られた。

(2)古代「神祇史料集成」について
 4.で示した項目に基づき、報告者がそれぞれの分担部分について概説文を作成し報告した(概説文は「神道・神社史料集成 <http://21coe.kokugakuin.ac.jp/db/jinja/> 」の中の「神祇史料集成 <http://21coe.kokugakuin.ac.jp/db/jinja/jingiindex.html> 」の各項目に記載)。
 これに基づいてコメンテーターから、(1)六国史や律令格式は比較的容易に資料収集が可能なので、それ以外の史料を収集し公開した方が研究者のためにはなる。(2)今回の項目分類では対象とならない庶民の祭祀などをどう公開するか検討すべきである。といった意見が得られた。

5-2 研究会で得られた成果と課題
(1)藤森氏発表「神宮祭主成立再考」について
 藤森氏の発表は、氏自身が指摘した祭主の成立論に対する再検討を加えたところにその意義がある。それに加え、その契機を弘仁6年として、同じ時期を新たな天皇祭祀や神祇制度の創始期と位置付ける最近の有力説とも対応したことは、一様な古代の朝廷祭祀制度が、実際には変化したと見る見解をさらに補強したことになる。
 さらに今回は、それがどのような背景によって変化したのかという点についても触れられた。この点は二十二社研究会を中心にここ20年間議論されてきた問題であるが、なお検討すべき課題であることが、改めて再確認された。

(2)古代「神祇史料集成」について
 冒頭でも述べたように、古代の神祇信仰の資料収集とその分析は2年半継続して実施し、文献史料の網羅的収集分析と、神社の立地環境の把握という分野から検討を重ねてきた。平成16年度の事業を締めくくる今回の研究会で、若手研究者が報告した分析結果をまとめると下記の通りである。

(1)神社修造の制度面では、弘仁年間(810〜824)から神戸百姓、祢宜・祝といった、いわば神社側への責任が明確化されている。
(2)いわゆる神職については、延暦年間(782〜806)後半に神主・国造が官人や郡領などの職を兼帯することを禁じられるなどの措置が取られ、専業化が促進される。
(3)祟に関しては『日本後紀』以降にその形態が多様化してくる。
(4)穢の記事は、奈良時代においては汚穢の状況に対して、怠慢を慎み清掃を命じる記事がほとんどである一方で、9世紀中頃、穢の伝染や、穢による祭祀の停止に関する記事が顕著になってくる。
(5)祭祀に関しては、8世紀末から祭祀執行の徹底化のための規定が設けられるが、9世紀後半期には、天皇に近い所の祭祀が重視される一方で、それ以外の神祇に対しては、奉斎する神職などに祭祀執行に対する責任が負荷される傾向が確認される。
(6)氏神祭祀については、経済面での援助が西暦930年代から見られ始める。
(7)神仏関係の資料的な出現傾向からは、奈良時代末から9世紀中頃までに見えた神身離脱(神自身が神としての行いに罪業の意識を持ち、神の身を離れ仏教に帰依できるよう功徳を人に請うこと)の意識が、9世紀後半になると見えなくなることが分かる。
(8)神郡をめぐる状況については、伊勢大神宮に限ったことではあるが、9世紀初頭より郡内雑務を大神宮司が管掌し始める。
(9)神社を維持する上で重要な朝廷の経済施策を追うと、神戸・神田などが充てられるケースがあるが、大多数の神社はそれが存在しないかごく限られた員数に留まり、基本的には神職層が経済基盤を維持する役割を有していることが窺える。

 以上の点を俯瞰すると、8世紀末から9世紀前半にかけて、神祇・神社にかかわる制度上の転換点が見られることと、朝廷が、神職や奉斎組織の祭祀への意識を高めさせようとする姿勢が見られる点が明確となる。すなわち、神社という場の環境整備に重点が置かれていた奈良時代の政策から、祭祀そのものの執行に関わる特定の人々の責任を重くする方針に変化したことがいえるのである。
 その傾向が顕著に見られる時期は、丁度藤森氏が論ずる祭主成立の時期でもある。また、氏が触れた天皇と祭祀との関係の変化を、天皇の祭祀に対する姿勢の変化と解釈するならば、その背景にも共通する面があることは非常に興味深い。
 さらに上の傾向からは、それぞれの神祇の個別性や、神社間の差異などが、朝廷から責任と厚遇を受けた人々が祭祀を執行することで吸収されていた可能性も見出せよう。こう考えると、この後、時代の変化によって様々な信仰形態が出現するような事象が、平安初期までに確立された制度的な保証のもとに展開されていたことも指摘できるのである。
 当然、その詳細や、様々な信仰形態の内実の解明は継続する必要があることはいうまでもない。幸い、この研究会における各批評者のコメントを受けたこともあり、史料のさらなる収集作業と分析は鋭意推進させる方針が固まっている。その過程の中で今述べた点などは検討すべき課題と位置付けるべきであろう。

(ろ) 神社の現状に関するデータベース活用のための研究会
1 開催目的

 この研究会は、神道との関わりが深い神社の基礎的データを収集して、その発展過程を検討するための基盤を整える事業「神社と神道に関する基礎データの収集とその分析・研究」の一環である。今回は、最も充実した現代神社のデータベースを整備している神社本庁及び神社関係者の取り組みについての説明を受け、発展過程を把握する上での基準として必要不可欠な、神社の現状に関する研究の方向性を検討することがねらいである。

2 開催日時

 平成17年(2005)2月25日(金)18:00〜21:00

3 開催場所

 國學院大學21世紀COEプログラム研究センター3階会議室

4 報告者・コメンテーター・司会(敬称略)

 報告者
  佐藤弘毅(神社本庁)
  佐野和史(神道文化学部兼任講師)

 コメンテーター
  牟禮 仁(皇學館大学)
  松本 滋(神社新報社)

 司会
  岡田莊司(事業推進担当者)

※ なお、この研究会の出席者は14人であった。

5 研究会の詳細

5-1 会の概要

 まず、佐藤弘毅氏より、自身が携わった『神道史大事典』(吉川弘文館、平成16年・2004)所載「府県社一覧」作成や、データ分析に伴う先行研究の妥当性を検討する際の経緯、さらに、現在神社本庁で供用されている、全国神社に関する複数のデータベースの概要(構造・連携の現状・項目追加の取り組み・問題点など)についての説明を受けた。
 続いて、佐野和史氏が、平成2年(1990)から5か年計画で神社本庁が実施した「全国神社祭祀祭礼総合調査」によって作成された、全国神社の祭祀・祭礼に関するデータベースの作成経緯や各調査項目について、データの精度や様々な可能性を踏まえながらその概要を述べた。
 また、各発表を踏まえた上で、参会者による検討も行った。まず、(1)牟禮仁氏の問題提起によって、一般に対して供用可能なデータベースを作成する必要性が議論され、さらに、(2)神社信仰に関する実態を分析する上で必要不可欠な、神社祭神の表記の相違や詳細な由緒などの情報の付加について、方法など具体的な面を含めた討議があった。
 この他、松本滋氏からも、神社本庁で供用されているデータベースを活用し、全国の神社を選定し、その由緒等の概説を付した『全国著名神社名鑑』(神社新報社、平成17年・2005)の作成経緯などが紹介された。

5-2 研究会で得られた成果と課題

 佐藤・佐野両氏の報告および参会者による検討によって、当初の目的通り神社に関するデータベースの実態と、今後に向けた課題が理解できた。神道の発展過程の把握を主眼に置く本事業においては、とりわけ祭祀・祭礼のデータの分析が重要であることはいうまでもないが、何よりも、その基礎として神社本庁のデータが活用可能であると分かった点が今回の大きな成果である。この蓄積を活かすことは効率的な事業推進につながると考えられるので、今後も神社本庁教学研究所をはじめとした関係者の配慮のもと、データの具体的な整理に努めていきたい。

(文責:21世紀研究教育計画嘱託研究員 加瀬 直弥)
 
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