神道と日本文化の国学的研究発信の拠点形成 Kokugakuin University
 サイト内の検索

高度な検索
 メニュー
  • ホーム

  •     ・COEプログラムのご案内
        ・最新のお知らせ
        ・最近の刊行物
    
      ・神道・神社史料集成
        (神社資料データベース)

      ・国学関連人物データベース
ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> a. 調査 >> グループ1「基層文化としての神道・日本文化の研究」
折口信夫の沖縄民俗関係研究に関する現地調査並びに文献調査 
公開日: 2005/12/20
閲覧数: 5761 回
Size 6704 bytes
印刷用ページ
 
1.調査名 グループ機ヾ霑慂顕修箸靴討凌斉察ζ本文化の研究
           折口信夫の沖縄民俗関係研究に関する現地調査並びに文献調査

2.出張先 沖縄県那覇市 

3.期 間 平成17年11月18日(金)〜平成17年11月21日(月)

4.調査者 事業推進担当者 小川直之

5.調査内容
  (1)調査概要
  國學院大學折口博士記念古代研究所には、大正10年、大正12年、ならびに昭和10年末から11年初めに折口博士が沖縄県で行った民俗調査時に撮影した写真、現地で購入した絵葉書が保存されている。現在確認できている写真は256カット・290点、絵葉書は18点である。これらの写真・絵葉書は、旧琉球国の聖地信仰にかかる御嶽、女性神人であるノロ・ツカサとこれら神女による祭祀、昭和11年以前の生活風景などである。沖縄県は太平洋戦争時に激しい戦災を受けて画像資料など多くが失われており、大正期・昭和初期の写真・絵葉書は沖縄研究の貴重な資料である。
 今回の調査では、那覇市域に関する画像資料について、撮影地の特定と現状調査、関連文献資料の調査を行った。
 (2)調査成果
 研究対象である画像資料は大正10年、大正12年、昭和10年末から11年初めのものである。しかし、当時と現在では現地の様子は大きく変貌しているため撮影地などを特定するのは容易ではない。今回の調査では、戦前の那覇市内の写真、絵葉書に関する情報収集を行い、撮影地が特定できたものに対しては現状との対比調査をした。これによって大学所蔵(折口博士記念古代研究所所蔵)の画像資料に関する情報整備が進み、当該画像の史・資料としての価値を高めることができた。情報整備が進んだ画像資料については、「基層文化としての神道・日本文化の研究」などに活用していきたい。以下に今回の調査で情報が収集できた戦前の画像資料から15点を例示する。


0102



首里・園比屋武御嶽  左は寄留商人の坂元商店発行の絵葉書で「沖縄首里拝所 坂元商店発行」とある。地元にもこの絵葉書は残されており、明治末の発行とされている。坂元商店は元の大門通りの久米門にあり、和洋百貨を扱った。右は現在の園比屋武御嶽。


0304
首里城正殿  左は「琉球名勝 首里舊城正殿 那覇陳列館発行」とある絵葉書。首里城の絵葉書は地元に多数残されているが、「那覇陳列館」発行のものは少ない。発行所の「那覇陳列館」については未確認であるが、戦前には那覇の大門前通りから東町大通りへの入口に「那覇物産陳列館」があった。これと「那覇陳列館」が同一施設であるかは調査が必要となる。右は折口の撮影写真。この写真の首里城正殿は昭和10年の改修後のものと思われるので、撮影は昭和10年末から昭和11年の初めである。


0506



首里・円覚寺  左は「琉球首里 円覚寺 坂元商店発行」とある絵葉書で、本殿と鐘楼。この絵葉書は大正10年7月17日付けで鈴木金太郎に宛てた手紙として使われているので、絵葉書の写真は明治末から大正期のものとなる。円覚寺の絵葉書は地元にも残されている。右の写真は現在の円覚寺跡。


08010

中城御殿  左は王朝時代の世子邸宅である中城御殿の物見の写真で、琉球処分後はこの場所が王家の邸宅となった。現在は跡地に沖縄県立博物館があり、右の写真に写っているものは、唯一残された王家邸宅当時の石垣である。

0709







首里坂下をくだる神女の一団  左は、衣服が冬装であるので、昭和10年末・11年初めに折口が撮影した写真と思われる。大正10年、12年の沖縄調査は夏に行われたもので、冬に沖縄を訪れたのは昭和10年末・11年初めのみである。右の写真は現在の坂下通り。


011012
波之上宮  左は「琉球風景 波之上神社 坂元商店発行」とある絵葉書。この絵葉書も地元に多く残されていて、明治40年頃の発行とされている。右は折口撮影の写真で、現在の三文殊公園付近からの撮影と思われる。波之上宮は岬の突端にあり、左の絵葉書は右の折口写真の反対側からの撮影である。


013014

015
那覇・辻原墓地  上段二つの写真は亀甲墓が並んだ辻原墓地であり、この場所をサンモウジと通称した。当時は、辻原墓地の北側は海岸で、南側には辻遊郭があった。撮影は昭和10年末・11年初めか。下段の写真は現在のサンモウジで、三文殊公園となっている。


016017
左:東町市場  「琉球風景 市場 坂元商店発行」とある絵葉書。大正10年8月14日付けで鈴木金太郎に宛てた手紙として使われているので、絵葉書の写真は明治末から大正期のものである。
右:東町焼物市  「琉球名産(其一) 坂元商店発行」とある絵葉書。壺屋焼きを扱っている市場。


018019

左:東町反物市場  「沖縄風景 那覇反布市場 坂元商店発行」とある絵葉書。坂元商店発行の絵葉書には、前掲の「琉球風景」と、この「沖縄風景」の組絵葉書があったのがうかがえる。折口が大正10年8月3日付けで鈴木金太郎に宛てた運天港絵葉書には「沖縄風景」の印刷があり、大正10年時点には「琉球風景」と「沖縄風景」の組絵葉書があったのがわかる。
右:東町市場  折口撮影の写真で、市場には大勢の人が集まっている。

020
辻遊郭内の座敷  「沖縄辻遊郭内 藝妓の座敷 Famouse Places at Ryukyu 沖縄小澤博愛堂発行」とある絵葉書。小澤博愛堂は書店で、ここが発行した絵葉書はほとんど残っていない。

(文責・小川直之)
 
このセクションの目次に戻る | 総目次に戻る
このページに対するお問い合せ先: 研究開発推進機構事務課

國學院大學研究開発推進機構 〒150-8440 東京都渋谷区東4-10-28
TEL 03-5466-0162
Copyright © 2002-2004 Kokugakuin University. All rights reserved.