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ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> b. 研究会 >> グループ2「神道・日本文化の形成と発展の研究」
第1回「神道・日本文化と外来宗教思想研究会」 
公開日: 2003/9/2
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○テーマ「宗教文化形態の展開にみる儒教と神道」

1 開催目的
 古代より、我が国が大陸との関係を密にしてきたことは周知の事実である。大陸からの渡来人を数多く受け入れ、また、優秀な人材を留学という形で大陸へ送り出した。
 これらの目的は、ひとえに大陸の思想・文化・知識を貪欲なまでに吸収するということに尽きよう。その過程で、多くの思想体系が伝来し、本邦の思想・文化に多大な影響を与えた。
 中国では「諸子百家」と言われるように、古来数多くの思想が育まれ、我が国に伝えられた。中でも「儒教」・「道教」が代表例として挙げられよう。これらは、大陸では時に迫害を受けつつも、国家の学として重要視され、保護を受けた。日本でも、古代においては、『日本書紀』などに天皇が「儒教を好んだ」という記述が見られることや、「道教」に根ざした「陰陽道」が発展し、陰陽寮が国家の機関として重視されていること、あるいは年中行事や祭祀の中にも「道教」に端を発していると考えられるものが数多く行われている点から、大陸同様、「儒教」や「道教」が積極的に摂取されていたことが理解できよう。その後、時を経て中世に至ると、公家をはじめとする多くの知識人が「儒教」「道教」思想をもとに数々の記紀注釈書や神道書を著している。さらに近世期には、それまで以上に「儒教」は保護され、国家の学として尊重される一方、神道に対しても独自の解釈を行い「儒家神道」という一大学派を形成し、国学者達と度重なる論争を繰り返してきた。
 「仏教」は、はるか以西のインドを発祥地とし、中国を経由して伝来した。
 日本への伝来後の発展は目覚ましく、朝野の崇敬を一身に受けることとなる。その中で、日本古来の神祇に対する考え方も大きな変化を遂げることとなった。いわゆる「神仏習合」思想の創出である。この「神仏習合」はさらに発展し、古代末期には「本地垂迹」思想を生成していく。中世期には、この「本地垂迹」がいっそう盛んとなり、数々の仏教者が仏教に根ざした神道説を唱えている。近世においても、国家・民衆への影響力は強く、「檀家制度」など、政策のうえでも大いに活用されることとなった。
 以上のように、神道と日本文化の形成・発展を考究するうえで、各宗教思想の研究プロパーを学内外より招き、外来の思想宗教を学ぶことは大変重要な意味を持つと考えられる。

2 開催日時
 平成15年7月15日(火) 16:00〜18:30

3 開催場所
 國學院大學院友会館3階 大会議室

4 研究発表者・コーディネーター・司会(敬称略)
 中野 達(研究発表者:國學院大學名誉教授)
 三橋 健(コーディネーター・司会:國學院大學神道文化学部助教授)
 研究会の出席者は48名であった(外部研究者含む)。

5 研究会の詳細
5-1 発表概要
 第1回の発表者である中野氏は、本学の名誉教授であり、中国思想史・哲学等を専攻されている。本会の目的は前述の通りであるが、その端緒として氏の専攻する中国思想史研究の観点から儒教と神道の関わりについて発表いただいた。
 テーマは「宗教文化形態の展開にみる儒教と神道」であるが、まず、儒教と神道を考える以前に、本学COEプログラムにおいて重要なキーワードとなる「基層文化」という問題について氏の見解が示された。この「基層文化」を「社会基層」と「基層意識」に分類し、各要素の表層化した形である「社会構造」「意識構造」が文化事象を生み出したとする。さらに「基層文化」を研究するということは、対自的には自文化の自己認識・自覚・自省であり、対他的には他文化の理解・尊重であって、人類文化間・宇宙自然との共存共栄のために反比較文化的なアプローチをもって、普遍的で全体的な方途が追求されていく必要性が提示された。

中野達氏

 次いで、日本における儒教等の外来宗教思想の影響を考える際に重要な点として、まず、儒教が成立するまでの歴史的プロセスを考える必要性が提出された。儒教成立までのプロセスは、換言するならば儒教以前の中国の宗教文化形態を考えることと言えよう。ここで言う儒教成立以前とは、殷・周代を指す。このような儒教以前の大陸の宗教文化形態を俯瞰すると、殷代の宗教形態が日本の神道と類似した性質を持つ(巫祝・卜占・祭政一致)ことが理解され、その後の周(西周)代に移行する、いわゆる殷周革命において殷の宗教文化形態が大きく様変わりし、巫祝が放散し、神話が未体系化のまま離散していくという現象が起こった。その後、「天」の思想(易姓革命・受命論)や宗封制(封建制)が形成され、この「天」の思想を基盤として「儒教」が発展していくことが説明された。
 以上のように、大陸において事物に対する哲学的理論化は殷・周代に熟していくが、同時期の日本に目を移してみるといまだ縄文・弥生時代であり、時代的・思想的較差はことのほか大きいと言わざるを得ない。
 また、大陸において重要視され、儒教を創出する母胎ともなった「天」「革命思想」が、実際は日本においては採り入れられなかった。つまり、日本人は常に主体的に外来の思想・文化を取捨選択してきたことがそこから看取されるのである。
 これらの点から日本の神道思想や文化論を考える上で外来宗教思想と安易に比較し、影響論をもって考察するには慎重を要するのではないかという主張が一貫してなされた。

5-2 成果と課題
 これまで、日本文化や神道を考える上で儒教や道教、陰陽思想などと比較したものは多い。それは一つの手法であり、否定されるものではない。
 しかし、やはり氏の言うところの「儒教や道教など外来思想の日本への影響云々を問題視する以前に、一度大陸におけるそれらの思想の成立以前にまで遡り、その発生と展開をきちんと把捉した上で、ようやく日本国内に目を移す」という「安易な比較・影響論の見直し」という問題は、今後の日本文化研究において重要な課題となると考えられるのである。

文責:新井 大祐(COE研究員)
 
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