神道と日本文化の国学的研究発信の拠点形成 Kokugakuin University
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ホーム >> COEプログラム事業の遂行と成果について >> b. 研究会 >> グループ2「神道・日本文化の形成と発展の研究」
第1回「国学研究会」  
公開日: 2003/10/7
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第1回「国学研究会」 報告

○ 題目「夜明け前の実像と国学」

1 開催目的
 グループ供嵜斉察ζ本文化の形成と発展に関する調査研究」の「神社と神道に関する基礎データの収集とその分析・研究」班においては、現在、国学者のデータベースの作成を行い、国学が持つ多様な性格を理解するための基礎資料の構築を目指している。また、それぞれの国学者の活動を総合的に把握することで、神道・日本文化を国学者がどのように研究・発信したのかという見取図を示すと同時に、地域・時代・社会における受容層等の特徴を把握してこれを分類し、なぜ国学という学問が受容されたのかを理解することも、調査の課題の一つとして位置づけている。
 とりわけ、幕末維新期に平田国学が受容された意義については重要である。それは、わが国の神道・文化を単に学ぶということだけでなく、政治的変革の原動力の一要因となり、明治維新以降の時代に与えた影響は看過することは出来ないからである。今日においても、幕末維新期の国学と政治運動との結びつきについては、思想史・政治史の諸方面からもアプローチがなされている。
 こうした平田派国学者の動向について、島崎藤村の『夜明け前』は、明治維新後、彼らが望んだ「復古」が叶わなかったという一つの歴史を描写し、国学者が維新後「没落」したという通説を形成するほどの影響力を持っている。しかしながら、「木曽路はすべて山の中である」という冒頭に始まるこの物語の舞台、中津川は、文化・経済・情報の中心地であり、豪商の国学者が活躍した歴史があり、単なる「没落」とはいえない多様な要素を持っている。
 この中津川における地域社会に平田国学が果たした役割と、政治情勢との関連について、近年、地域史料を縦横に活用して、成果をまとめられた宮地正人氏に今回の発表を依頼した。また、コメンテーターとして、同じく幕末維新期の国学を研究の対象としている武田秀章(國學院大學神道文化学部助教授)、遠藤潤(國學院大學日本文化研究所助手)を交えた討議を行い、中津川国学者を中心とした平田国学を手がかりとして、国学全体の問題について検討した。

2 開催日
 平成15年6月18日(木) 18:00〜20:30

3 開催場所
 國學院大學渋谷キャンパス本館会議室

4 発題者・コーディネーター・コメンテーター・司会
 宮地 正人(国立歴史民俗博物館館長 発題者)
 
 武田 秀章(國學院大學神道文化学部助教授 コメンテーター)
 遠藤  潤(國學院大學日本文化研究所助手 コメンテーター)
 松本 久史(國學院大學日本文化研究所助手 司会)
 阪本 是丸(國學院大學神道文化学部教授 コーディネーター)

5 研究会の詳細

5-1 発題の概要
 発題者の宮地正人氏は、現在国立歴史民俗博物館の館長であり、「夜明け前の世界の歴史学的解明−中津川国学史料の収集と公開−」を発表されている。歴史文学としての『夜明け前』の世界について、精緻な分析によって、中津川という町場の商人における平田国学について、研究成果をまとめられた。
 宮地氏によれば、『夜明け前』は、昭和初期という発表当時における発展する都市と没落する農村を対比する観点で中津川を捉え、平田派の没落のイメージを重ねた歴史文学であるが、幕末維新期の中津川は中馬で栄えた宿場町であり、交通の要衝として物流・情報の拠点であった。また、尾張藩内においては東端の地域として独自な存在でもあった。この場という問題に留意し、現在の山村の僻遠地というイメージを捨てることが必要であるという。こうした前提のもとに、以下の5点を指摘された。
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 中津川国学のメンバーはほとんどが町場の商人であり、農民や神職ではない。当地における平田派の門人獲得運動は、岩崎長世により既に嘉永年間から行われていたが、成果を上げることができなかった。しかし安政6年以降急速に門人が増加していく。これは、条約勅許問題と外交貿易の開始という、日本が国際社会に直面し、危機意識が醸成される中、それが地域社会に波及したことにより、在地の人々が自己をどう位置づけるのかという問題と平田国学の受容は相関関係にあったと理解できる。
 中津川国学と横浜開港
 平田派をはじめとする国学者は排外主義的主張から外国貿易には反対の立場であったと通常は理解されているが、中津川においては、国学者が横浜の生糸貿易に参入しているという事実がある。彼らはそこで国際社会に直面し、商業上の個々の成功や失敗が、日本という国家の命運という問題と重ねあわされて考えられるようになった。中津川国学者のような商人が、自己を認識するにおいて、漢学にかわり平田国学が一つのモデルを提供したのではなかろうか。
 C翊点邱餝悗旅饂周旋運動
 全国的な政治運動と連動して、中津川国学者は文久2年の「中津川会談」を契機として、長州の運動と連携を深め、文久3年の足利将軍木像梟首事件以降活発になる平田派の政治運動にも深くかかわるようになった。尾張藩に対しても、独自な立場を保ち、尊皇運動において逆に圧力をかけていく場面も見られた。これは、独自性・自立性の高い中津川の地政的・経済的におかれていた立場とも対応するものである。
 っ翊点邱餝悗犯張藩との関係
 木曽を領した山村家は、財政的に中津川の豪商に依存しており、中津川国学者は比較的自由に活動できた。また、尾張藩の支藩である高須藩の平田派を通じて、尾張藩に働きかけていたことなど、中津川国学者の動きは同藩に追従しない毅然とした態度を取っており、客観的に突出していた存在であったことが指摘された。
 サの中津川国学と中津川におけるネットワーク
 東濃の一宿場町の平田派国学者グループが、全国的な政治情報を正確に把握する情報ネットワークを作りあげることができたのは、京都における平田門人の宿泊場所として、センター的役割を果たしていた生糸問屋の池村久兵衛と中津川国学者が、彼らの平田派入門以前から商売上深い関係にあったことが大きい。池村に集まる情報が全て中津川に届けられ、江戸の平田家にその情報が伝わっている。

5-3 コメント
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・ 宮地氏は津和野派国学をどのように理解しているのか。また、中津川の平田派国学を幕末期の国学の代表としてよいものかどうか。
・ 藤村文学の問題点として、藤村がパリで第一次大戦に際会したという体験はどのように影響しているのか。近代西欧と違う国家のあり方への展望が『夜明け前』のテーマに潜在しているのではないか。
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国学のリアリズムを考慮する必要がある。中津川のような「商人の国学」、岸野俊彦氏のいうような「都市の国学」など、様々な国学がありうる。その中で、
・ 「商人の国学」としての性格をどう捉えるのか。
・ 他の在地町人と比較した上で、中津川国学者の共通点・相違点はあるのか。

5-4 リプライ
・ 津和野派と平田派については、さらに学術的な論争が深まることを期待しているが、津和野派はいわば「官僚国学」であり、平田派は「復古・民俗的国学」であり、民衆社会には津和野派は根付かない。また、平田派の思想・行動は明治政府と一致するものではない。
・ 藤村文学の問題としてはプロレタリア文学との関係が背景となっているのではないか。
・ 「都市の国学」が存在していたかについては首肯しがたい。
・ 「和学」と「国学」の弁別。「国学」は職分委任論+古道学という構成である。やはり「国学」には政治的スタンスが含まれ、歌文を中心とする「和学」とは区別されるべきものである。
・ 国学者とその他の人々との関係については、明治の民権運動と平田派は世代が交代するなどしているが密接に関連しており、神社・学校などを軸として活動していった。それらが崩壊するのは昭和の初期であった。

5-5 成果と課題

 今回、幕末維新期の中津川において、平田国学者が地域に密着しつつも、日本全体の状況を理解して政治運動を行っていたこと、そしてその理論的な枠組みが平田国学から出ているということについての重要な指摘をいただいた。幕末維新期の国学についての地域社会の動向を踏まえた研究を行うことで、日本における文化、宗教、或いは国家の意識のあり方が理解されるということについては、今後の研究を推進する上で、示唆に富むものと思われる。
 また、フロアにおいては、国学の地域浸透ということに関して、本居宣長と平田篤胤の国学の性格の相違についても、「和学」・「国学」の概念を含め、重要な検討課題として論議された。今後の課題としては、実証的な史料の分析に基づいたさらなる研究の推進が必要であることが確認された。また、国学の性格の相違についての検討課題をそれぞれが共有した意義も大きかった。

文責:松本 久史(日本文化研究所 助手) 
 
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